仕事部屋

日常かくあるべし。

過日、犬息子が突然のけいれん発作、四肢を強張らせてがくがくと震え続け脱糞と、かつて飼っていた犬孫娘のみどりちゃんの最期と同様の症状だったのでとうとうその日が来たのかとうろたえるも、しばらくして容体は落ち着いた。

癲癇持ちの家系ではあるが帆太郎の発作は初めてだったのでその日のうちに動物病院を受診、CTやエコー、血液検査などしたが特に原因となるようなものは見つからずむしろ老体としては健康であるとの所見、但し癲癇発作には脳腫瘍の疑いもあるのでMRI検査を薦められた。

費用に躊躇して即答できずその日は帰宅、家族会議するも決断できず、経済事情で選択肢がないという一番憂鬱な状況に陥ったが、それを知った友人が援助を申し出てくれたおかげでMRI検査を申し込めることになり、検査は全身麻酔が必要というのも躊躇の要因だったのでその日のうちにレントゲン検査で内臓の状態を確認。

老体なのでリスクがないとは言えないが悪影響を受ける病体はないとの診断、週末のMRI検査を予約、予定を一つキャンセルしたが誕生日に合わせてとっていた連休が役立った。

ようやく穏やかな日常を手に入れたつもりでいたのにやはりそうはいかず、50代目前の歳も山谷激しい通常運転となる予感、それでも犬息子との二人暮らしでいた時期を振り返れば心強い、こちらは盆休みにも通常出勤、終業22時で残業必須の仕事なので留守にするのは心許ない、落ち着いているように見えてうろたえているのは私も亭主も同じだが、今は動ける身体と時間が二人分ある。

帆太郎は14歳、これまでに前肢骨折の手術と全抜歯の外科手術を経験した、今度の全身麻酔も乗りきれるに違いない、脳腫瘍であれ癲癇であれこれからは薬が欠かせない生活になる、まあお互いに人生折り返したってところか、騒動のうちに娘も誕生日を迎えた。
  1. 2016/08/18(木) 12:02:42|
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葉月に。

7月末日、亡き母の誕生日が寿司屋最後の出勤、上がる時間になって板サンたちに挨拶していると店内の昭和歌謡有線にグッバイマイラブ、ひっそり劇的な気持ちになって退職、夜勤とWワークを卒業して翌日からは9時間拘束で週5日と人生初のフルタイム勤務。

研修中に自分のデスクが与えられていたので仕事内容は大きく変わらないが、残業必須の職場でこそこそ定時に上がるよりゆったり働けるような気がする、コールセンターをくびになった時にはもう新しい仕事など覚えられないのではないかと恐怖したが得手不得手というのがあるものなのだ。

会社組織にはまりこむのは苦手でも個人に取り入るのは得意、飄々と朗らかな弁護士先生はじめスタッフは殆ど歳下だが、受任につなぐ手前の事情聴取専門の相談員だから営業意識もなく、へらへらと得手に専念して受任率アップの好評価。

それにしても世の中には色々な事情がある、ホテル勤務もドラマの宝庫だったが法律事務所で拾うドラマはシリアス過ぎてネタにするのは難しい、相談者に特定の県民が特徴的に多いのはいずれ何かを書くときに参考にするかもしれないが。

朝は亭主が先に出かける、後から起きて洗濯物を干して朝食を済ませて出勤、夕方遅めに1時間の休憩で帰宅して洗濯物を取り込み軽く食事をして職場に戻り、その日の仕事が片付くまで残業して帰宅、亭主が先に帰宅していれば夕飯が用意されているしこちらが早ければ亭主の帰宅に合わせて夕飯を作る。

亭主の仕事は時間が不規則だがなんとなくお互いに合わせられるのは生活のリズムが似ているからか、独りになる時間がほどほどにあり、役割分担が適当なのも暮らし易い、わたしの目下の目標は怪我や病気をすることなく真面目に仂いて亭主に頼らぬ経済力をつけることだが、多分これ以上は働けない。

今日、亭主が41歳になった、まだまだ健康でいてもらわねばならない。

  1. 2016/08/02(火) 23:53:44|
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いどころを知る。

求人情報のサイトを眺めるのが趣味になりつつあったが無事に新しい職を得てOTJ研修が始まっている、自転車5分徒歩10分と以前より更に近くなって今は正午からの6時間勤務が週5日、法律事務所の相談員と呼ばれる事務職なのでこれまた新しい知識で頭がパツパツ、夫姓を名乗っている初めての職場なので挨拶で名乗るのにワンテンポ遅れる。

寿司屋は今月一杯で退職を決めているので次は深夜〜朝枠の飲食店バイト探し、16の時に働かせてもらった近所の喫茶店が1時間あたりの多忙経験では人生最大と思っていたが寿司屋はそれ以上だった、この年齢になっての飲食店バイトは体育会系の肉体訓練に近い、反射神経と瞬発力と判断力と筋力が鍛えられる気がする。

職探しの合間にはたぬきやホテルの近況を窺ったりもした、支配人と先輩の一人が退職し副支配人筆頭にわたしの退職時に残っていたメンバーで回しているというので復職も相談したが結局は人員補充が適って復帰ならず、勢いで客室数400超えのホテルへ面接に行って不採用、面接でまず訊かれたのが体力に自信があるかという点だったが、あるもんか。

バイトは大人の学校だからまずは辞めずにやっていきたい、いい加減倒れるまで仂いて倒れてやっと休むという働き方もやめないと。

先日は渋々に内視鏡検査、「ポリープあったらその場で切っちゃいます」と医者も最初は快活だったが、いざ内視鏡の挿入はあまりの痛さで中断、「まあ痛いの我慢してまでやるもんでもないですからいいですよ」と言うから助かったと思いきや「もう一種の検査で陽性が出たら内視鏡やってもらいます」との警告、痛みがあるとかないとかはもはや関係ない。

去年の夏からサボっていた喘息の投薬治療も再開、一時期は権威ある専門医のところに通ったが今はその手間暇が惜しく近所の耳鼻咽喉科にお薬手帳を引き継いでもらっている、曰く「この薬って...効いてます?」、一昔前には処方箋筆頭だったらしいその薬も昨今「流行遅れ」で殆ど処方されなくなっているんだそう、権威ある専門医は時代を見ない。

内側から覗いてみてははあと思った、弁護士は医者に似てほっとくだけじゃ治らないあれこれに効く。

必然芝居や映画のことはもはや外側に回っている、小説を書き始めた時期にすんなり分離したのと同じであの時も今も離れたからといってやりたくなったり観たくなったりもしない、といってそれらが切り捨てられるかというと決してそうではないだろうけど、人でしかそことつながっていない今の方がバランスよくいられる気がする。

などと言うわりに不義理を重ねているのはなんとも申し訳がないのだが、これまでも次がある時に勉強として間をつなぐように義理を果たしてきた、つまるところ自分がどう関わるかって視点でしか興味が持てないんだろう、人への興味は相手が何をしていても同じなんだから。

芝居の世界は故郷のようなものと以前にも思ったが、わたしの場合は「遠くにありてそれっきり」になる、そこで生まれ育ったというだけで択ぶことをしなかったせいか、自分が関わっていないときにその価値を問われても答えになるほどのものがそもそもない、もちろん失う恐怖もない。

居場所がなくなってしまいそうだからやり続けるという感覚は正しいと思う、だがそれは居場所なのか、外枠を固めることで真ん中の自分自身をようやく見つけるってことだろうけど、そんなものあってもなくてもただそこにいるってだけじゃダメなのか、と外側から見るほどに不可解だが内側にいればナンダこのヤローとか思うんだろう。

芝居やれなくなったら死んでしまうと純情一途なキチガイだった頃、「芝居なんていやになったらやめていいから生きていてください」と言ってくれた観客がいて、生きることを択んだら芝居をやめずに済んだ、というよりも必死に生きてきたらやっぱり芝居をやっていた、今も必死に生きているからきっとまたいつか何かやるに違いない。

ヤポンチカというバンドで何度か立たせてもらったライブハウスが店をたたんだ、お別れイベントにも顔を出さなかったけどそこにいたひとたちが消えてなくなるわけじゃないから「またいつか、お元気で」と思う、今は歌っている昔の芝居仲間が誘ってくれたのでちょっとその気になってヒロシに声をかけたが断られたから、まだ私は歌えない。

わたし自身は何もしていないしどこにもいってないのに、遠くなったり近くなったりする。
彼らもまた何もしていないしどこにもいっていないのに、遠くなったり近くなったりする。
空間が現れたり消えたりするだけで、時間が流れているだけで、生きていようが死んでいようがひとはずっとそこにいるじゃないかと思う。

消息も知らなかった兄と会った、わたしが十五で兄が十七のときが最後で会うのは二度目だった、顔も覚えていなかったけどひと目見てすぐにわかった、父と同じ顔をしていた、わたしたちは父の人生を少しずつ分け合っていたのでわたしの知っている父と兄の知っている父はお互い知らない父だねと笑い合った、わたしたちはもう父の年齢をとうに超えた。

わたしのいないところに兄がいて、兄のいないところにわたしがいた、わたしと結婚するとき養育するわけでもないのにお父さんになれるかなとそわそわしていた亭主には妹と弟がいる、その亭主が今度は会ってもいないのに「お兄さんか」と憧れるように呟くので可笑しかった、このひとはちゃんとここにいられるひとだと思えて安心した。



  1. 2016/07/14(木) 11:25:28|
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脱落記。

4月の半ばから新しい仕事の研修を受けていたのだけど先日の卒業試験にパスできず研修時間をオーバーしたので退職、時給と知識を戴いて会社の利益になれない研修詐欺のようなそれが申し訳ない、つくづくマニュアルのある仕事がこなせない性質と思い知って、今度はそこを強化すべく製造工場とかを狙う所存。

この歳になっても何がしたいのか何になりたいのかとしばしば考える、未だ何とは答えられないが目先の考えとしては日々新しくありたい、昨日より良い今日を、今日より良い明日を迎えたい、「良い」の基準は身勝手なものだけど、そうやってひとまずの一歩を奮い立たせるだけで力尽きている。

ちゃんとノウハウを教わってやってみたい職業があるのに新しいことを身につけるための吸収力とか記憶力は日々刻々と衰えていく、昼は日常の諸々をやりたいからバイトは夜勤が良いと思っていたのにこの頃は夜勤明けで家のことをやる体力がない、そういや来月は手術前提の検査があるからまた寝込むかもしれない。

見知らぬ土地で世捨て人になってトレーラーハウスで暮らしたいとか、都心の片隅でしみったれた食堂をやりたいとか。

しかし働くことそのものは愉しくて、自己満足紙一重な演劇やら小説やらの不確かさより人員として明確に必要とされていることが報酬によって証明される労働は精神的な支えになっている、やりたいことのために働く人はやりたいことができなくなったら働けなくなってしまうのかもしれない、私のように働くことそのものが目的の人は働けなくなったらどうするんだろう。

夜勤明けで朝食のパンを買って帰るときにダンボールを拾っているホームレスとすれ違って、「このパンいりませんか」と声をかけそうになった。

パンは私にも必要なのに。


  1. 2016/06/22(水) 08:49:38|
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馴染む。

今年に入ってからか、食後に激しい腹痛が起きることしばしば、横になっていると治るし食欲も衰えずだったので性に合わないバイトのストレスが胃腸にきてるんだろうと思ってた、悪くもならず良くもならずで放置していたがここしばらくは痛みが起きることも減っていたし体調としてはそう悪くなかったのだ、GWの1日に娘夫婦との食事から帰宅してすぐ激痛、もしや陣痛ではというほどの痛みでといれの床に倒れ込み悶絶すること小一時間、一旦治ってすぐに寝床に入ったものの、しばらくすると同様の激痛がぶり返して今度は下血、朝まで辛抱してタクシーでかかりつけの大学病院に連れて行ってもらい車椅子に乗せられて総合内科を受診、消化器内科に回されてCTだのレントゲンだのを急患扱いでやってもらって虚血性大腸炎との診断でそのまま入院、良くない症例だと死亡することもあるらしいがこの場合は禁食と静養で良いとのことで当人は割とお気楽な感じ、限界になってから病院に行くクチなので行く時には半ば入院を覚悟してもいるのだ、点滴ガラガラ押しつつ一服しに出たりの不良行為も控え目にひたすら本を読んでHuluのTrue Detectiveを一気見し、ややこしい検査は6月に延ばして1週間のところを5日に値切って退院、その夜は上京して新聞奨学生となった「(仮)の事情」稽古場付きだったヤングを囲む今年二度目のヤング会、亭主の付き添い付きで安全安心にハシゴ酒、明けての土曜はシアターグリーンにいた高澤さんプロデュースのリーディング公演に自転車でしゃらっと出向いたつもりが開演時間を間違えていた、30分ほどしか観られなかったが毎度の大西さんや中原さんに加え「主婦マリーがしたこと」のカトチューやこの頃になって観て戴いてる高橋いさをさん、客席には王者館の井村さんもいて労られ冷やかされ演劇第三世代の飲み屋話にはしゃいで完全復活、看護のために稽古を休んだ亭主は窶れたようだが張本人は4日の禁食でもまったく体重に変動なし、これほどお気楽に過ごせたのも今までこういう場合のあれやこれやは小形くんだったり成田くんだったり藍原くんだったりを振り回していたところ気兼ねなく振り回せる家人の有り難さをしみじみ実感、夫姓になって早々の入院で新しい名前で呼ばれるのにもいっぺんに慣れた、いやでもほんとは夫姓に似た名前の人が同じ病室にいてあれどっちが私の名前だったかわからなくなって返事を迷ったりしてた、因みにバイト先にはまだ入籍を報告していないので旧姓のまま、演劇の人と会うとほっとするのはもしやいつでも同じ名前で呼ばれることにあるのかもしれない。


  1. 2016/05/08(日) 02:24:59|
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緩やかな加速。

新居への引越、同居の開始、新しい仕事探し、入籍に伴うあれこれの変更手続きなどに追われるうち今年もすでに3分の1が過ぎていった、新しい仕事の研修が始まったが寿司屋バイトも続けている、研修は今のところ4時間程度の座学が週3日程度だが来月からは夜勤でのOJTとなって5連勤が組まれているスパルタシフト。

スパルタといえば寿司屋もなかなか強烈で入店2日目でハンディ端末を持たされ、3日目にはパントリー業務を30分くらいで教わってそのまま丸一日独りでパントリー業務をやり、4日目には新人に仕事を教えるという出世ぶりだがもう一つの仕事はまったく未経験のジャンルなのでそうもいかない。

分厚い研修マニュアルのうちしっかり理解して顧客に説明しなければならない重要な項目だけで100頁を超える分量、同期入社には同世代とちょい上世代と下の世代がいて彼らは皆同業経験者だから自分だけオタオタしている、一人芝居をやった時など友達に「よく台詞覚えられるね」と言われたが台詞覚えも覚束ないこの頃、無謀な挑戦である。

しかしやはり職場の雰囲気は良く通勤も弁天号利用でドア・ツー・ドアの10分と快適だし多少のシフト調整もできて福利厚生もばっちり、研修中にも拘らずリーディング公演のために休みを貰ったせいで休み明けに5連勤を組まれているだけだから黙々真面目にやるしかない。

亭主は目下6月の公演に向けての稽古場通い、まだ馴染まないのか呑むこともなく私より先に帰っているので頭がパツパツで帰っても身体がヨレヨレで帰ってもちゃんと夕飯が用意されていて有り難い、義母が定年までしっかり仂いていて義父が身軽に台所に立つ人だからか、家のことは分担せずとも厭わずにやってくれる。

世の中は黄金の休日週間なれど娘夫婦が遊びに来る予定があるのと上京したヤングのためのヤング会があるくらいで我が家は通常営業、新生活がようやくローギアに入った感じ、引越や仕事探しを言い訳に殆ど宴席や劇場には近寄らずにいた、不義理が積もる前に隙間を作らねば。

  1. 2016/04/30(土) 15:26:01|
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ピース。

非戦を選ぶ演劇人の会が企画した《全国同時多発ピースリーディング》に参加します。


《5.3〜5.19 全国同時多発ピースリーディング》
『うつし世は夢 夜の夢こそまこと』(仮)
作:佐藤茂紀 演出:小林七緒

日時:5月15日(日) 18時45分開場/19時開演
会場:Space早稲田 東京都新宿区早稲田町74 ビューロー早稲田B1

入場無料

問い合わせ先:流山児★事務所

参加者(五十音順)

阿萬由美
井村昴
大浦千佳
小川輝晃
勝俣美秋
河内千春
川本かず子
日下部そう
鯨エマ
甲津拓平
小林七緒(演出)
坂井香奈美
阪口美由紀
阪本篤
佐藤華子
白井圭太
杉山智子
高野あっこ
竹本優希
田嶋真弓
多良間通朗
辻洋子
成田カイリ
二階堂まり
橋口佳奈
前川麻子
みかわななえ
宮崎恵治
村田泉
めぐろあや
森田祐吏
山﨑薫
米山恭子
流山児祥(企画)


5月6日13時より予約開始





  1. 2016/04/20(水) 15:25:32|
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春のコマネズミ。

光回線がないせいでブログやtwitter、facebookは勿論huluからも遠ざかっていた、頼みのwimax2が新居では圏外になるのでやむを得ず解約してsoftbankAirにしたらこちらは繋がった、1月に申し込んだ光回線は新居の構造上問題があり共有部分の取り壊し工事が予定されている7月まで導入を延期、softbankAirはそこそこ快調で復活はhuluから。

その間に、「カレジャナイ。」の最終話がリリース、たぬきやから移った新しいホテルはどうにも性が合わず退職、いくつもの派遣会社に登録しての職探しが続いたがなかなか希望の条件に見合う職場が見つからず、4月になってようやく次の仕事が決まり、4月下旬に研修が始まるまでのつなぎバイトに寿司屋で働き始めた。

寿司屋は外国人のお客が多くたぬきやで身についた片言の英語が重宝がられている、一ヶ月半しか働かなかったホテルにもぺらぺら喋れるフロントマンは何人かいたがタイ人や中国人が話す英語はあちらも片言で聞き取りづらい、たぬきやで散々タイ人や中国人を相手にしていたおかげで特殊なヒアリング能力が身についたんである。

6時間の立ち仕事で一服する間もない多忙さ、文字通り額に汗してコマネズミのように走り回る肉体労働、昨日も一人勝手に壁に激突して額にたんこぶを作って帰る有様なれど仕事が単純で気楽なのが何より、店員は名前と出身地と趣味が書かれた名札をつける決まりなのだが年配の板前さんに「趣味:映画監督」という人がいて気になる、見覚えのある顔なのでポレポレあたりで会っているのかと思ったがよくよく見るとtsumazukiの釈八子さんに顔が似ているだけだった。

熊本地震、共感力の欠如か身内のことしか心配できないが、ヤマヨちゃんとウッチーは無事、ジョーコとは連絡が取れず気がかりにしている、落ち着かない日々だろうが無事に乗り切って欲しい、仮の事情で稽古場付きをしてくれた名古屋のヤングもこの春から上京している、無事卒業した東京のヤングを祝う会をやったばかりだがまた近々にヤング会を予定。

今年は満開のタイミングで花見ができた、新居の猫額サイズの庭に置いた睡蓮鉢にはメダカもいる。


  1. 2016/04/17(日) 16:12:26|
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リダイレクトしています。

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荷造りが間に合わずで泣きながらの引越も小形くんとヤングチームの活躍によってなんとか予定通りに退出と搬入、つもりがあった数々に不義理をしての強行突破で当日は比較的スムース、しかしそこからが厳しい現実で、靴下一足探し出せない状態で越した翌日から最後の5連勤、出勤してようやくほっと落ち着き仮眠休憩だけがかろうじての睡眠時間、最終日には花束や餞別の洒落た贈り物を戴いて名残惜しい気持ちで三年間世話になったたぬきやホテル(仮)を退職、夜勤明けの一日を家の片付けで潰し、翌日は新しい職場に昼からの出勤、ところが新職場はインフルエンザが大流行で仕事を教えてもらうはずの直属の上司も欠勤中、なんとなくな雰囲気でひとまずの仕様を眺めて予定の勤務時間より3時間早く退勤、次の日からは夜勤で入ったがこれまでのサイクルと微妙に違うせいか体調が追いつかず調子が出ない、職場ではインフルエンザの予防薬としてタミフルが支給されたが結局夜勤明けの入社3日目と4日目を欠勤させてもらい、元から休みになっていた日と併せての3連休をゲット、やっとやっとで家の中が片付いて洗濯物を干したり食事を作ったりが落ち着き、ガマ発@スズナリに顔を出してキャラメルの二人芝居ぶりで千景ちゃんに再会、ガマさんに「並んでると夫婦だねえ」などと冷やかされるがまだ連れ合いは新居に越してきていない、暮らしが落ち着き始めた3連休の恩恵で気持ち新たに新職場での夜勤、今度は12時間労働で仮眠休憩が2時間とこれまでよりハード、まだまだ慣れない制服にむずむずしながら勝手が違うあれこれを一つずつ覚えてくだけの日々、職場も連れ合いもドメインもリニューアルして自分だけがどうにもならん次第だが、旧居の隣のおばちゃんちに出入りしていたおばちゃんの友達が新居の隣に住んでいて、旧居の隣のおばちゃんが早速美味しいものを手土産に立ち寄ってくれたりするのが、良い加減のリニューアルとなった、暮らしのリズムはまだ当分不安定だろうが、新職場には弁天号と徒歩で通っているのでちょっとは健康になったりするのかもしれない。


  1. 2016/02/07(日) 17:21:25|
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リンカーンの妻。

今年は職場替えを目標にしようと思っていたのだが条件のいい求人を見つけて応募したらスムースに決まったので早々に今年の目標を達成、愉快だった「たぬきやホテル」を今月一杯で卒業し、徒歩圏内で時給200円アップ、客室数およそ3倍のより厳しい夜勤バイトが来月から始まる。

「こんなに楽なところ他にないよ」と副支配人にも散々言われたが楽な仕事を択びたいわけでもなし、同じ労働で同じように責任を全うするならより賃金が高く福利厚生に厚く日常での利便性よい仕事を択べるのがフリーターの特権じゃないかと辞めたい節のまま黙々働く社員さんたちの恨みがましい視線を受け流して残り日数のカウントダウン、3年仂いてようやく自分独りの生活がなんとかなりそうな感じになったがカツカツ同士で結婚するから先々どうなるやら今もって見通せない、それでも経済不安から陥るウツのスパイラルに巻き込まれることはないだろう、ずっと昔から密かに目指していた次なる目標があるので、これはまたひっそりと好機を諜って50才での人生リニューアルを目指そうと思う、そんなふうに先のことを考えたり目標を持ったりするようになったのだからヒトは進歩するもんだなあ。

ともあれまずは来週に控えた引越のために黙々荷造りをせねばならぬところ風邪っぴきで大幅に着手が遅れている、大掃除ついでのように頻繁に引っ越すので都度あれこれ物を捨てたり買ったりするのだが、そうした大整理には体力・時間のみならず、新しいところへ向かっていこうという気力が何より必要な気がする、奥底でどこか及び腰なのか夜勤明けで荷造りを気にしつつ眠ると引っ越した先に前住人の荷物が残っていて困惑する夢とか現実ではもう他界している母のことを老いた母一人残して結婚するなんてと後ろ暗い気持ちになる夢とか、どうもあまり前向きな気配がない、生活変化の怒涛には馴れているんだから面倒がってるだけだろう、整理が面倒ならいっそ全部捨ててしまえと割合鷹揚に構えていたりする。

プラスとマイナスの幅の中でのあらゆる予測を一人で丸々抱えることなく、連れ合いとのバランスで一部分を分担すれば良いということが想像以上に楽だった、不安神経症的なペシミストが相手だから必然楽観に偏っていく、歓びは倍増し痛みは分かち合うという夫婦にはならず、中年同士が単身感覚から抜けられないだけなのか2人合わせて一人前なのか、まだ夫婦や家族というよりもっと個体の存在が大きい「寄り合い」的な感覚のまま、住処と仕事だけではなく不思議と何もかもが新しくなるような気がして仕方ない、無論実際には新しくならない事のほうが多いだろうし、新しけりゃいいってもんでもないだろうけど。

わたしに連れ合いができたもんだからこれまで家族代わりにあれこれの世話や責任を負わされていた独身男子の弟子たちが次々と恋人をゲットして結婚に向かって突き進んでいる、なんのこたぁない、わたしが彼らの自由時間や気力や余力を搾取し続けていた訳だ、そしてわたしの連れ合いは奴隷解放の父となったのだ。

  1. 2016/01/18(月) 05:32:36|
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