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仕事部屋

ひどい育ち方をしてしまったもんだと思う。

渋谷のお屋敷町の、当時としては高層だったマンションのワンフロアの半分を専有した住居で、シェルティーとマルチーズを飼っていた。
あたしにはばあやがついていて、母にはお手伝いさんがいて、父にはお弟子さんがいた。

スエヒロのしゃぶしゃぶ、清香園の焼き肉、フォックステールのステーキ、麻布の天ぷら、築地の寿司、神楽坂のうどんすきのローテーションが毎日の食卓で、母の作る料理は夜中の酒のツマミか、父の仕事仲間が集まるパーティーの時くらい。

「女の子がお金に触ってはいけない」「みっともないから財布など持つな」と教えられ、母の買い物は、カマロかフィアットで乗り付ける青山のユアーズか紀ノ国屋で、デパートに行く時は外商サロンのマネージャーが入り口まで迎えに出てくれ、買い物は全部その人がしていた。

決まった金額のお小遣いを貰ったことがない。欲しいと思うものは、すべて欲しいと口にする前に家の中にあったし、あたしより父や母の方がずっとそうしたモノに詳しかった。
スウェーデン製やアンティークの玩具が部屋の中いっぱいにあり、与えられるぬいぐるみは西ドイツ製の妙にリアルで可愛くない動物ばかりで、キティーちゃんが好きだと言えばサンリオの本社に見学に連れて行かれ、デザイナーさんの仕事を見せてもらった。

本屋は毎月ご用聞きに来て、父とあたしはリストから好きな本を好きなだけ注文した。
それを読み尽くしてしまうと、渋谷の旭屋書店で段ボール箱にいくつもの本を買い込む。
あたしは、小学校の図書館をとても小さくてびっくりするほど本が少ないと思っていた。

うちに揃っているおやつは、どれも洒落たパッケージの輸入菓子で、いちじくジャムのビスケットやルートビア味のキャンディーやミントやウィスキーやオレンジの入ったチョコレート、母が作って冷蔵庫に入っているおやつはこってりした甘さのババロアや毒々しいピンク色や蛍光ミドリのゼリーだったけど、あたしが一番好きだったのは、コーヒーに入れる粉末のクリープをこっそり舐めることだった。

小学校三年のときからテレビ番組のレギュラーをやったので、出演料は毎月銀行に振り込まれていたはずだ。いつ使ってしまったのかはわからないけれど、通帳と印鑑を持ち出してこっそり引き出し、自分で使ったのだと思う。
中学になったとき、自分専用の電話回線を引いたのが、その使い道だったかもしれない。
それとも、小学校5年くらいの頃に代官山にできたハリウッドランチマーケットで買った黒いTシャツだったかな。

小学校は土日が休みだったから、休みのたびに自転車で代官山に行き、トムズサンドイッチに一人で入ってカボチャのプリンを食べたり、チキンのサンドイッチを食べたりして過ごした。

そういえば、子供の頃のあたしの部屋には今使ってる仕事机より大きいイノベーダーの勉強机と、イケアのコーヒーテーブルと椅子のセットがあって、ケンパーができる大きさのヨーロッパ製の丸いラグが敷かれていて、ベッドにはぐるりと蚊帳のようなカーテンがついていて、クローゼットは壁一面の作り付けだった。
その部屋には、独立した玄関があって、もちろん出入りはあたしの自由だった。

んで、あたしはそのまま大人になって、三十代になるまでずっと、そうした育てられ方で覚えたことをそのまま自分でやっていた。

結婚するまでは自分でお財布を持たなければならないんだと覚悟して、頑張った。
おやつや文具は基本、箱で買う。ストックがないと不安になるからだ。
値段を確かめるなんてはしたない、という感覚のそれも、ずっと続いた。
今も、うっかり値札を見ずにレジへ行き、打ち出された数字にひやっとすることがある。
何度かの結婚をしても、旦那さんにもお金のやりくりができなかったら一体誰がそういうことをするのかと不思議に思っていた。

何が恐ろしいって、そんなふうに育てておきながら、大人になって実際に世の中に出たときに何にどう折り合いをつければいいのか、本当に必要なものはなんなのかをちゃんと教えることなく、両親とも早々と逝ってしまったことだ。

案の定、あたしの経済観念はまったく見よう見まねのデタラメで、今持っているお金の正しい使い道すらわかっていない。
一生懸命に考えるのだけど、わからないのだ。
いや、モノのたとえでも冗談でもなく、大真面目な話でさ。
ほんとに、ことお金に関しては白痴も同然である。

もちろん、芝居の制作など絶対にできない。
一度、とある劇場の提携プロデュース公演の予算組みを立てたら二億という数字になって、呆れられたことがある。
その数字をそのまま企画書にして劇場に提出したのだから当たり前だ。
因みに劇場のキャパは500くらいだったんじゃなかったかしら。

あたしが二十代の頃はちょうどバブル期の終わりかけだったんじゃないかね。
引越し祝いに友だちの彼氏が新品の自転車を買ってきてくれたり、デートで横浜に行くのに新幹線に乗ったり、旅先でお金が足りなくなったあたしにボーイフレンドが飛行機に乗ってお金を届けにきてくれたり、誰のお金の使い方も、あたしには違和感がなかった。

その月の収入が三十万しかないのに、その半分を使って本を買ったりする暮らしの上での失敗は、さすがに二十代の頃に破産して、学習した。

自分の経済観念が狂っていることは、破産を経験して初めて、知った。
なので、娘には早くからお金の使い道を教えてきた。

日々の食材の買い物をさせ、銀行の通帳を見せ、衝動買いの見張り番をさせ、学校で使うものも含め、ある程度のものは自分の小遣いで買わせ、お金を得るためには働かなければならないと、一番大切なことを繰り返し教えた。
お陰で今のところは、コツコツ働くことを厭わない羨ましい素質を身につけていて、彼女のアルバイトのお金は自分の携帯代、交通費、教材費、昼食費にまで充てられている。

なのにあたしときたら、このトシになっても、生活の為に働いた経験がない。
あたしにとってのお金は、好きなことをやってモノになったときにご褒美としてもらえるものだから、生活のためにお金を稼ぐという感覚そのものが欠落している。

いや、欠落していると自覚しているのならなんとかせいやという話なのだろうが、それでもなんとかしようと思わないところが、根本的に狂っているのだろう。
それはとても恥ずかしいことだし、情けないことだし、生きていく上での障害だと思う。

仕事があるのでお金がないわけじゃない。
むしろお金は少なからずある。
生活のためと歯を食いしばることなく、ご褒美感覚で仕事をしてこれているのだから、恵まれているに違いない。
なのに、どうして今ここにないのか、さっぱりわからない。

ときどき、そのことを考えて、途方に暮れる。
お金を稼ぐとはどういうことなのか。何をどうすればいいのか。
そんな大事なことを教えてくれる人が、どうしてあたしにはいなかったのか。
考えると、凹む。
まだもうちょっと生きていかなければならないと思うと、尚、凹む。
ああ、あたしは人生にしくじっているのだと実感する。

そんな気分のとき、「Friends with Money」を観た。
「セックス&マネー」というちょっとセンスのない邦題なのだが、つまるところ、あたしたちの性と経済、てな感覚のタイトルなのでしょう。

四十代前後の仲良し女友だち四人、それぞれの、暮らしについて。
確かに、邦題にあるように彼女たちのセックスライフとマネーライフを中心に描かれているのだが、主にそれを取り上げたわけではないのだろう。
その年齢の女性の生き方、日々の暮らし方を切り取ったら、どこかしらで必ずそこに触れていた、ということなんじゃないかしら。

更年期にさしかかって苛立つ妻に対する夫の能天気さ、離婚寸前の夫婦のトゲトゲしい日常、かろうじて仲良くやっている夫婦にあるそれぞれの気遣い、独身女性の絶望的な切迫感、どれも見事な切り取り方で、俳優は皆ちゃんと生きていて、音楽も映画に優しい。

泣けるとか笑えるとか、元気になれるとか考えさせられるとか、そういう付加価値ばかりが売り文句になるけれど、別にそのどれでもなく、ただその映画を観た自分が幸運だと思える、そういう映画でした。
あたしは、そういうのをとてもいい映画だと思っている。

んで、今日はあちこちの支払いに走り回った後に「コインランドリー」原稿、最終回の一本前をようやっと書いてついさっき送信。
この主人公、かなり上記の経済的ダメダメ感が投影されていて、毎回書いていて情けない 笑
最終回は、どうやって救ってあげよう。
日本沈没、人類滅亡、地球消滅しか救済はないんだけど。

  1. 2008/06/20(金) 21:59:48|
  2. 雑感
  3. | trackback:0
  4. | comment:4
<<タイトルなし

comment

『鞄屋の娘』を知ってから一年以上時間が経っている自分にとっては、別の演者による小説の後日談みたいな感じがして興味深いお話でした。
今、三年前に前篇だけ読んだ本の後篇をたまたま手に入れることができて読んでいるのですが、別れたまま会える保証のなかった戦友に再会したみたいな喜びがあります。そのあいだにぼくが変化しているから、あちらもまたそれまでとは少し変わった姿に見えたりして。世の中の情勢とは関係なく自分の中だけで起きていることだけに、こういう感慨はかけがえのないものです。
まえかわ先生の小説と、ブログに記される生活を知ることも、同じ想いやテーマをいろんな次元から眺める楽しみがあります。作品と作者の人生を等価に見るということは、とんでもなく乱暴な思い込みなのだと思いますが、そんなふうにイメージの闇市で遊ぶことはちょっとやめられないな。
そういう自分に気がつくと、放ったらかしておいてもいつまでもいつまでも一人で遊んでいる幼児だったという昔から、自分のやっていることは同じなのだなと思います。
  1. 2008/06/21(土) 09:55:48 |
  2. URL |
  3. レフ #-
  4. [ edit]

麻子さんはやっぱりスゴい!
そんなに金銭感覚無いんですね。そこまでとは知りませんでした。
スゴいのは 無いのに 娘へ金銭感覚をしつけたとこ
自分は持っていないのに 連鎖を止めた
前に娘さんが いくら お母さんでも 似て良い事 悪い事があるんだと 私にハッキリと言い放ったの覚えています。

私 実は麻子さんを母親として尊敬してるんです。

麻子さんに見習ってる事の幾つかが 私の子育て基礎になってます。

食事。
嘘をつかない。
子供もひとりの人。

娘さんに会う度に 麻子さんスゴいと感じます。

一番気力を入れてるのは 食事です。今のところ給食には勝ってます。
  1. 2008/06/21(土) 11:57:14 |
  2. URL |
  3. テルコ #-
  4. [ edit]

わはは。お二人とも面白いコメントをありがとう :)
色々書きたくなったので、記事にします。
  1. 2008/06/21(土) 14:36:50 |
  2. URL |
  3. まえかわ #-
  4. [ edit]

と思ってたくさん書いたら、サーバー不具合で消えてしまった 泣

  1. 2008/06/21(土) 20:55:32 |
  2. URL |
  3. まえかわ #-
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