FC2ブログ
仕事部屋

ふわふわバケーション。

夏の終わり、世の中が自粛ムードだった隙に、こっそり家族旅行をした。
犬と幼児を連れて電車を乗り継ぎ、海沿いの家に一泊してきただけだが、今もその景色が恋しい。
親戚に会うなどの目的もなく、ただ家族でどこかに移動するだけの家族旅行は、恐らく初めての経験だった。
借りた家の芝生の庭で犬も幼児も大人たちも走り回り、寝転んだ。
庭の裏に出るともう砂浜で、水着の幼児は波打ち際で狂喜し、犬もざぶざぶと波を蹴って進んだ。
海辺には馬がいた。
日が落ちると、クール便で送った食材を庭の一角で焼いて食べ、潮風と煙まみれの体を交代で洗い流して、早寝した。
夜中に庭に出て星空を眺め、短い睡眠で目覚めてからは朝焼けを浴びた。
数時間後にはもう暑くなって、また裸足で芝生を走り、皆が起きてぞろぞろと海に向かった。

それだけの休日だったが、確かにこれまで味わったことのない時間だった。
日常がつるっと別の次元に滑り込んんだような、特別だけど特別すぎない感じが、とても心地よかった。


IMG_4667.jpeg  庭

IMG_4680.jpeg  孫

IMG_4720.jpeg  犬

IMG_4698.jpeg  月

IMG_4714.jpeg  朝


戻って数日後には、映画を観たり人前で喋ったり懐かしい人と話したりした。
芝生や海辺や星空の時間と、新宿の映画館や居酒屋が、ゆるゆる混じり合って、少しふわふわしていたかもしれない。

それからまた日常がはじまった。
相変わらず、薬の服用で体調をだましだまし働いているけれど、慣れてくるとまるで不調などないように思える。
肋骨を痛めて以前整形外科でもらったコルセットをつけたりしていて、馴染んだ不調より俄然鮮明な痛みがあるから、肋骨の痛みがなくなればさっぱり健康になるような気がする。

少しだけ涼しくなったつい先日に、娘と二人で近所の焼き鳥屋に行った。
二人で飲むのはしばらくぶりだったが、二人とも酔っ払わずに引き揚げた。

新型コロナウィルスの煽りを受けて仕事が激減している亭主はこのところめきめきと料理の腕を上げ、孫の誕生日にプリンを作った。
孫が3歳になって集中していた誕生日ラッシュが落ち着くと、もう今年も終盤になっていた。

そういえば、帆太郎もみどりちゃんも海には行ったことがある。
犬は、ぜひとも海に行くべきだ。


  1. 2020/09/23(水) 23:20:17|
  2. 雑感
  3. | trackback:0
  4. | comment:0

もくもくと。

ゲンキンなものでこの頃はやっぱりFacebookなどからも遠退いていて、生きてるのか?と直接確認してくれた人がちらほらいたくらいだが取りたてて知らせたい近況や心情がない。
いや、ここ最近でものすごくはっきりとしたことがあって、自分の中ではしっかり言語化できてもいるんだけど、それを誰かに伝えたいとは思わないので未だ誰にも話していなかったりもする。
思えばそもそもそういう資質なんだけど、そういう資質そのまんまでいられる時間が、これまであまりなかった。
芝居を作る作業には不適切な資質だったからだろう。

頭の中身をあれほど他人に伝達しなければ成立しない役割は、そうそうないと思う。
思考や心情は湧くそばから言語化して垂れ流してきていて、喋ってしまうと自分自身がそれに煽られたりもするし、喋り続けていると不意のだんまりに意味ができちゃったりもして、物事の奇跡的な解決もとんでもないしくじりも、すべては言葉が発端だった。
たいていの場合、感じ取ったり考えついたりしたことはもやもやと頭ん中に浮遊していて、言語化するにはスイッチひとつくらいの切り替えが必要で、起動が遅いこともしばしばあるのだが、いったん言語化するための回路に電流が流れればあとは垂れ流しだ。
つまり、考えて喋るってことがない、クーラーの自動運転みたいなものだった。
twitterをよく使っていた頃もそれに近かったんだろう、ただ文字数が限られている分、意識的に言葉を組み立てていただけ。

たまにFacebookを見ると、友人たちの個性や感性や人生に圧倒されてしまう。
情報のすべてにイイね!をつけてコメントしたいとも思うのだけど、なんだかうわあーと思うばかりで残す言葉が見つからない。
おめでとう!すごいね!よかった!がんばれ!
などなどの至極単純な反射としてのそこでしか機能しないので何も残さないんだけど、時々は皆さんの投稿を眺めて、へえーすごい!とか思ってる。

新型コロナウィルスは演劇や映画の成り立ちにあれこれの影響を及ぼしていて、皆がそれぞれ何をすべきか何ができるかと思い悩んでるというのに、
そうだよなあ大変だろうなあとか、どうなっちゃうんだろうなあとか、まるきり他人事になっていて、自分がもうそういうことを考えないところにいるんだなあとしみじみ思う。
そもそも自分がそういうところで何かしていたという実感すら残っていない。
がっつりやってる連中のことも勿論心配ではあるのだけど、それよりも、とうに芝居のことなんか忘れて暮らしているだろうかつてWSにきていた人たちのことを不意に思い出して案じることのほうがずっと多かったりする。

あの人たちはあの頃きちんと働いていて、仕事の合間や休みを潰してでも芝居に関わっていこうとしていたわけで、それがどれほどの気持ちだったか、今思えば働いてもおらず芝居にだけ時間を使える自分なんか到底太刀打ちできないものだったんじゃないか、それだけの気持ちに果たして応えられていたのか、何かひとつでも、その場だけでなく人生のかけらとして役立つ関わりができたのか、楽しませてあげられたのかと、悔いばかりが浮かぶ。

そして、そういう気持ちはうまく言語化できなくて、やっぱり黙り込む。
身を削るように自分の内側を曝す役割がなくなり、言葉にできない思いが増え、この歳でようやくいくらかは分別を知った。

働いていると、考えや感じたことを言葉にする必要がないので、楽ちんだなあ。
言葉は、ホルモンとかアドレナリンとかと同じく体内で自然に生じる何かの物質なんだろうと思っているのだけど、だとすればすっかり体質が変わったのかもしれない。
分別といえば成長だか進歩のように聞こえるが、ただ言葉をこねくり回す頭やココロの機能に更年期が訪れただけなのか。

気がつけば今年も誕生日シーズン、先月末には二代目犬息子が、今月は亭主に始まり来週には娘も、再来週には私がまた年を重ねる。

長年あちこち不調だった身体にも、とうとう確定診断で病名がついた。
命にかかわるような病気ではないが、放置すればいずれ動けなくなるとまで言われればやはり恐ろしい。
幸い診断されてすぐに始まった投薬が効いたようで、毎月の検査では数値がかなりよくなっていると医者は楽観的だった。
病院近くの薬局で、「この病院で診断されるまで、いくつの病院で検査を受けましたか」と聞かれたので答えたら、
「やっぱりねえ。この病気は3軒目4軒目でやっと確定という方ばかりなんですよ」と薬剤師が笑ったので、そんなものなんだろう。

今は勤務を時短にして、でき得る限りの楽ちんを追求している。
以前ならその日の仕事が終わるまで当たり前に残業したが、この頃は「これは今日終わらせられないので明日やります」とぬけぬけやり残す。
メインで担当する部署が変わって私の仕事を代われる人がおらず平日に休むとその日の業務が丸々デスクに積まれており、月末月初になると1日分の仕事が3日がかりになって無能を思い知り、また口数を減らす。

一年前にやめたつもりだった煙草をまた吸っている。
煙が言葉の代わりになっている。


IMG_4638.jpg
私たちはみんな、ひとりぼっちの寂しい脳みそを生きています。骨の独房に閉じ込められ、絶え間ない思考労働という終身刑に服しているのです。(小島慶子さんの文章より)
  1. 2020/08/10(月) 23:44:21|
  2. 雑感
  3. | trackback:0
  4. | comment:0

無事の知らせ。

熱が下がり始めたのが5月に入ったあたり、そこから2週間の様子見をして職場に復帰した。

これまでの部署が業務を縮小したので、他の部署に回され、以前の事務所なら10人規模の部署でこなしていた仕事と、5人前後のチームで引き受けていた仕事の両方を、ベテラン社員2名のアシスタント的な役回りでやることになり、これまでの部署の仕事もある程度はやっているので、3部門に渡ってのサポートをしていることになる。
数字を扱うようになったがなんとか追いついているのは、療養中に覚えた数独の成果だと思う。

職場ではまだ一部の社員がリモートワークを続けており、一見すると私が入社した頃の4分の1くらしか人がいないので不安になるが、まあなんとかコロナ波を掻い潜って生き延びたようだった。

家庭内のコロナ波は落ち着いたが、3月末に紹介状をもらった大学病院の予約があったので復帰直後に受診した。
当初疑われた病気ではないと診断され、新しい病名での疑惑を告げられたが「うちはそっちの専門ではないから」とまた他の専門医の紹介状をもらうだけに終わり、未だ何の病気か確定していない。
犬も孫も娘も亭主も元気で、私だけ不調が続くので、この頃は家事などもサボり、6月だけは時短勤務にして更に負担を減らそうとしている。
1ヶ月半も働かなかったのになんとか生きていられるとわかって、気が大きくなったのかもしれない。

何より大きくなったのは犬だ。
立ち上がれば孫より遥かに大きく、横になれば我々夫婦のどちらよりも幅を取る。
ベッドを大きいサイズに買い換えたいので、粛々と働くしかない。

IMG_4578.jpeg


ひとまず、無事のお知らせを。
  1. 2020/05/31(日) 23:34:36|
  2. 雑感
  3. | trackback:0
  4. | comment:0

コロナ夫妻と無敵の生き残り。

世の中はなんかもうみんなどうしようもない状況になっていて、絶対感染すると思ったし、感染してるのに出歩いていたら周りの人にも感染させるじゃないか、死んでしまう人もいるかもしれないのにそれでもいいと言える会社なんて無責任にもほどがあると散々意見はしたのだが、休みたければ休んでも構わないけど有給消化でねっていう勤務先に文句言っててもどうにもならないので休みます宣言をしてかれこれ10日の欠勤、案の定その後同僚から陽性確定が出て、当然ながら自宅待機の指示が出た人もいるのだけど会社は休業せず出勤を続ける人がいて、雑居ビルの最上階だからエレベーター使うんだけど他のテナントさんにちゃんと周知してるとも思えず、換気と消毒を徹底していきますとかいってる時点でアウトだし私のように本人の意思で休んでる人には国の補償がないから会社からの補償もないという状況で、休みたいけど生活できなくなるから休まないという従業員もいるわけで、そういうジレンマはどこにもあるだろうし、もはや生活ができなくなるとかって状況以前に世の中が普通じゃない、世界規模の危機状況にあるんだから自分の生活の心配している場合じゃないと思うし意見はしているんだけど、誰だって生活はしていかなければならない、もう少なくとも自分単位で家にひきこもってAmazon経由でささやかに経済を回す努力をするしかない、しかし実際のところ微熱とか咳とか尋常じゃない倦怠感とか味覚異常が出ているので感染しているんだろうけど、保健所に相談すると発熱2日続いたら・喘息発作が出たらかかりつけ医に電話相談との指示で、治療薬もワクチンもないんだから検査で陽性が確定しても寝て治すしかない上に十分な物資がなく医療崩壊が始まっている現状、よほどの状態にならなければ自宅で寝て治す覚悟だが、そうなると必然パンダ1頭分の距離が取れない家では隔離など非現実的だし早々亭主にも同様の症状が出ている、まったく症状が出ていない娘と孫が感染していないとは考えにくいので家族クラスタには違いないのだが、家庭内では皆が淡々といつも通りに暮らしている。

  1. 2020/04/20(月) 20:20:23|
  2. 雑感
  3. | trackback:0
  4. | comment:2

春の不穏。

犬の著しい成長には目を瞠る、生後8ヶ月を過ぎて中1男子のていになった、孫と結託して悪戯をするので犬だけではできない悪さや2歳児だけではできないことが頻発して手に負えない、家では1号2号と呼ばれてコンビ扱いになっている、これまでの2号による被害はスリッパ2足・パスケース・腕時計・ヘアブラシ・ヘアクリーム・乳液2瓶・塗り薬2本・ボディタオル・ボディソープ・リモコン4台・マッサージ機と総額5万円はくだらない、1号による被害も同じくらいはあるだろう。

業績が思わしくない上に代表弁護士が入院して事務所内が落ち着かず業務のストレスからかメニエール症状が再発、アプリで雨の音や焚き火の音をイヤホンでひたすら流して耳鳴りを軽減させている、座り仕事なので目眩の影響はそれほどないが、往復の道のりで真直ぐ歩けずにガードレールにぶつかったりする、半休で様子見するも回復せず翌日には結局休んだ、布団で焚き火の音を聴きながら犬に添い寝されている。

新型ウィルスの影響で客入りが心配だった拓也の特集上映だがぼちぼちの入りで、いまおか作品の日に亭主や成田くんと立ち寄った、最終日に亭主が単独出向いたところ立ち見の大盛況だったらしい、特集が組めるほどの仕事量が早逝だけの評価ではないことを証明したが、確固たるものでない段階であっても動きが止まれば固定されてしまうんだなと突き刺さる、皆に惜しまれているのは勿論だけど当人の無念さには及ばないだろうから。

寺十さんが 演出する鵺的の公演でも終演後の挨拶や飲みが禁止されていた、演劇人にはダメージが大きいウィルス騒動だが、飲まない人の芝居はキレがいいからなあ、ここでいうキレは身体的なことではなくお客さんと飲んで言われるあれこれに揺れることのないココロの吹っ切れ的なキレである、客席の反応に乗せられて調子づく芝居よりストイックに出来事への反応を積んでいく芝居が好みであれば、無観客公演こそベストなのかもしれない、観客でいる以上それを鑑賞することは叶わないわけだが。

イベント関連が尽く中止になって亭主の仕事がない、家にいるのは後ろ暗いらしく家事全般をいそいそこなすので助かるのだが本人も不安だろう、孫が保育園に入れないので娘は相変わらず専業主婦をやっている、自分一人が働く状況になったからといって収入が増やせるでもない、世の中全体がそうなっているのだからどうしようもない、それだけの状況になってようやく日本はどうなるのだろうとぼんやり思う。

亭主に限っては、家にいる時間が増えて犬や孫と遊べる分、2号など1人毎日働いている私に見せつけるようにすっかり亭主に懐いており、出かける時すら見送りもせず亭主に体を寄せてだらりと伸びている、いつもは亭主を見かけると物珍しげに「ジージだ!」という1号もここのところは「バーバだ!」と言う。

世界的大不況の足音に怯えて心落ち着かぬ我々であっても、日常がいつまでも緊急事態では暮らしが危ぶまれる、通勤駅周辺の繁華街で客待ちのタクシーがずらりと並び客引きのお兄さんやカタコトのお姉さんが歩道を彷徨いている様はうらさびしい、これまでにも様々を乗り越えたのと同じく一日も早く沈着して冷静に情報を判別し、できることを手抜かりなく消化するだけの緊張を保ちたいと願う。




IMG_4449.jpg
皆さんご無事でね。


  1. 2020/03/19(木) 12:59:33|
  2. 雑感
  3. | trackback:0
  4. | comment:0

青田ほめられ。

インフルエンザのシーズンをなんとか乗り切れそうだと思っていたら新型のウィルスが猛威を奮っている。
上野〜秋葉原を通過する通勤電車なのでマスクが欠かせない。

中国では犬が建物から投げ殺される事件があったらしい。
外出禁止令など出されては犬の散歩ができず、散歩ができなければ犬は室内で猛り狂うだろう。
痛ましい。

歳のせいか動物が痛めつけられるニュースが見られなくなった。
YOUTUBEでは犬の動画ばかりを視ている。

犬のトレーニング動画を視ていると初郎がやってきて一緒に視ることがある。
動画で学習してくれればこんな楽なことはないと笑っていたが、5ヶ月を迎えたあたりから急速にしつけの効果が出てきて優秀になったので、あながち笑い話ではなかったのかもしれない。

去勢手術を済ませて落ち着いたころに、ドッグランに出向いた。
常連犬たちに囲まれても怯えず怖じけず、そこそこの社交性で一緒に遊ぶので、常連ママさんに「えらいねえ」と褒められて嬉しそうだった。

お腹を下したので獣医に連れて行ったら、「もう大人だから小犬用のフードは脂質が強すぎる」と言われた。
確かに顔つきも体つきもしゅっとしてきたし、挙動もかなり落ち着いて聞き分けが良い。
いつの間にかもう大人だったのかと寂しい。

  1. 2020/02/13(木) 00:37:56|
  2. 雑感
  3. | trackback:0
  4. | comment:0

よすがに。

先日、瓜生くんとガンツさんが共演するというのでスズナリに出向いた。
下北沢はわけのわからぬ変容ぶりで戸惑う。
街の佇まいや匂いが変わってしまうと、馴染んでいたはずの何かがすべてはぎ取られたような寂しさになる。

スズナリは変わらずで、瓜生くんもガンツさんも、観に来ていた自由先輩も、変わりなくてほっとした。
その日の芝居に出てきた役柄の一つが拓也に見えて仕方なかったので、ガンツさんに「かと万でお世話になった櫻井が」と話しかけたら「上野の特集に行って映画観てきた」と。
嬉しかった。

スズナリの並びにある居酒屋の軒先で拓也と飲んだっけな。ゲネプロを観に来てくれたときだっけ。あの時は稽古場も観に来てくれていた。そういえば、稽古場付きをやらないかと声をかけたんだった。撮影が入っているというからやってもらえなくて、本人も残念そうだった。

なんでもない時に、ふと、拓也がいつかワークショップで誰かと交わしていた会話を思い出したりする。なんてことのない言葉のやりとりなのに「へえ、こんなこと言うんだ」と新鮮だったから覚えている。



櫻井拓也特集上映


ガンホの新作も観た。拓也もさぞかし観たかっただろう。



  1. 2020/01/26(日) 23:15:59|
  2. 雑感
  3. | trackback:0
  4. | comment:0

それからわたしたちの犬は

階段を昇ることを会得し、日中は保育園と呼ばれる娘の部屋で遊ぶようになった。
段取りに手間取ってお膳立てがうまくいかない上に指示が不明確で合図がぶれる亭主の言うことはまるで利かないが、私や娘の指示には概ね従うので、やはり躾は合図とお膳立てがすべてなのだろう。

初郎は大晦日から生後5ヶ月目に入り、小3男子っぽくなった。
知恵のつく速度は2歳児など到底及ばない。
弟ができたつもりが一足飛びにお兄ちゃんぽくなられて、2歳児は世話焼きを諦め、すでにマイペースを取り戻した。

年末は夫婦とも29日が仕事納めで、30日と大晦日に突貫の大掃除をして、なんとか無事に一年を終えた。
亭主の実家には帰らなかった。いつも支えてもらっているのに1年に1度しか顔を見せない不義理だが、今年は家にいたかった。
去年は犬息子を連れて行ったので、写真が残っててよかった、と義母が言ってくれた。

そもそも1月3日は母の命日で、母を亡くしてからは正月を正月らしく過ごさなくなった。
初詣にも行ったり行かなかったりだし、年賀状は出さない。

小説を書いていたときは、1週間以上部屋にこもって原稿を書いたし、年末進行さえ乗り切ればただただ休日としてのんびり過ごせる唯一の時期でもあった。
芝居をしているときは、毎年三ヶ日のどこかでワークショップの人たちが年始に寄ってくれた。
帰省しない連中が酒や料理を持ち寄ってくれたりお節料理の差し入れを戴いたりで、
正月気分はまるでなかったが、引きこもって作業し続ける中に賑やかに過ごす日ががつんとあって、それが年始という実感になっていた。

今年は犬と一緒にだらりだらりと過ごした。
小3男子は夜10時を過ぎると眠たくなってしまい、朝はきちっと8時に起きる。
寝るときと起きたときには帆太郎の写真に声をかけ、
あとは初郎のトイレや散歩のトレーニングにかかりっきりだった。
かつて帆太郎がきた当初も、毎日の散歩でどれほど健康的な生活に切り替わったことか。

〆切と稽古入りと千秋楽で区切りをつけて生活していた頃に比べ、サラリーマンの生活にはこれという区切りがない。
年度末といわれるそれも、私の業務にはあまり影響がないからだ。
気がつけば今の事務所に入社して1年と3ヶ月。
この正月休みで、初めて、仕事のことを頭から締め出して過ごすことができた気がする。
明日から出勤するのだけど同僚の名前を覚えているかしら。


また一年が始まる。
これからの一年でも、きっとまた誰かを失うんだろう。
そういう年齢だと諦めて、もっと穏やかに、もっと誠実に、「どうしようもない」の美学を実践できるようになりたい。
  1. 2020/01/05(日) 21:59:26|
  2. 雑感
  3. | trackback:0
  4. | comment:0

ゆく犬、くる犬

2003年4月10日に生まれたイタリアングレーハウンドの仔犬は、生後4ヶ月ごろから私の息子になり、2019年12月6日に16年と8ヶ月近くの短い生涯を、私の腕の中で終えた。

寝たきりになって、介護にへとへとになって、食餌もとらなくなって衰弱して亡くなるものだと、覚悟していたところが、あまりにも急だったので、未だどこかぽかんとしてしまう。

亡くなる前日に診察を受けた呼吸器科のレントゲンでは、心配していた気管虚脱は軽度だが肺に爆弾みたいなものがあるから突然の呼吸困難で亡くなる可能性もあると言われていた。
その夜も、いつも通りに食餌を完食し薬を飲んで落ち着いた様子で寝ついたので、早めに診察を受けて良かったと話していた。
全盲だったので排泄や食餌は抱き抱えて移動させる必要があったし、足は少しふらつくようになっていたが、16年と8ヶ月を静かに穏やかに生きていた。

可愛がってくれた人たちや、2度の交配で生まれた仔犬たちの家族に訃報を知らせ、たくさん優しい言葉をもらった。
骨壺を置く棚を寝室に取り付けた。
扉つきの棚に、写真を飾り、骨壺を置いた。

朝起きてからと、仕事を終えて帰ってからの時間を、持て余した。
後悔を数え上げたら自分が生きていけなくなりそうなので、泣きながら、次に飼う犬を探した。

12月17日、私たちは新しい仔犬を家族に迎えた。
ウィペットという犬種なので、名前は「ういろう」にした。
老犬から苗字をもらったので、濱田初郎という名前になった。
千葉の先まで電車で迎えに行った。
犬舎はあの大雨災害で被害に遭っている。
必死で守り抜かれた命を譲り受けた。

4ヶ月を過ぎたばかりの仔犬なのに、亡くなった老犬より二回りほど大きく、老犬が愛用していたスリングから体がはみ出す。
体半分のスリングで大人しく連れてこられ、居間に置いた新しいハウスで、とうに老犬が遊ばなくなったお古のおもちゃで遊ぶ。
注文していた仔犬用の首輪が届いたが、はなからサイズアウトしていたので返品した。
今のところ、老犬が一番小さいベルト穴で使っていた首輪の、一番大きいベルト穴でぎりぎりに留まるので、これも老犬のお古を使わせている。

1階が、廊下〜台所〜居間〜書斎〜廊下と、ひとつなぎのぐるりなっている間取りなので、トレーニングから解放された仔犬が狂ったように駆け抜ける。
そうやって骨折すると知っているから、フローリングの部分に滑り止めのカーペットを敷いたら、孫が床でゴロゴロするようになった。
獣医のチェックを受けてから散歩に連れ出したが車や人を怖がって歩かないので、抱き抱えて歩いた。
外国の漫画に出てくる、子どもにしがみつく気弱な大型犬のような状態になる。
足音が大きいので、気配だけでは亭主と犬の区別がつかない。
歯が抜け始めているので、部屋のあちこちで小さな歯が見つかる。
健康な目は表情が豊かで、視線が合うたびに孫が笑い転げる。
仔犬は、後ろ肢で立てば孫の背より大きい。
その図体が、1メートル近い距離から私の膝の上にどさっと跳び乗ってくる。
私と娘は仔犬のしつけ方の情報を収集して、励まし合いながら取り組んでいる。

そうだった、こうやって育てたんだったと思い出して、してやれなかった悔いの分、やり直しをしている。
仔犬は隅々までとても健康な、しっかりした体をしている。
若さと生命力が満ち満ちていて、そのことに、また涙がこぼれる。


20191224030728f4e.jpeg
濱田帆太郎

201912240300151a4.jpeg
濱田初郎


帆太郎を可愛がって下さった皆さん、ご援助下さった皆さん、お悔やみを下さった皆さん、誠にありがとうございました。
おかげさまで、結構な生涯だったろうと思います。
この2年の隠居生活はしみじみ幸せそうでした。

引き続き、初郎の成長もどうか見守ってやって下さい。






  1. 2019/12/24(火) 03:59:08|
  2. 雑感
  3. | trackback:0
  4. | comment:0

人間だもの。

風邪気味であったところ深夜に喘息の発作が出て、亭主に付き添ってもらい徒歩で救急病院へ行った。
真っ先に強心剤を打たれ、点滴を受けて治ったが、医者は入院しろと言う。
早くとも3日間は1日3本の点滴が必要、という見立てだ。
仕事もあるし犬息子の世話もあるし何より点滴が嫌だとぐずぐず言って、明日午前中つまり数時間後に外来で診察を受けることを条件に帰宅した。
外来で入院と言われたら素直に従うよう言い含められたが、自身の体感としては回復しているので「わかりました」と軽々返事をした。
言われた通り午前中に外来を受診したが、寝不足だし心臓はばくばくしてるし手は震えるしで心もとない体調だった。
外来の専門医は「強心剤はやり過ぎだよねえ」などとゴチながら一通りの処方をして「入院するほどじゃないでしょ?」と帰された。1日3本で3日間と言われたそれも指示はなかった。
救急から帰った時点で職場には医者の見立てをそのまま伝えて休みをもらっていたので、それから数日間、家でひたすら寝て過ごした。喘息は治ったが、今度は肩首の痛みが出て、職場に復帰してからもデスクワークがしんどい。
今度は近所の整骨院へ行き鍼治療を受けた。
喘息発作の影響で、脊椎のどこかが捻挫のような具合になって腕や肩首に影響が出たらしい。
初めて行った整骨院だったが相性が良かったらしく、通う気になった。
効果が出ているので、週に2度、鍼に行っている。

そもそも、喘息発作が出たのは服用を続けなければならない薬が切れていたからで、近所の喘息専門医との相性が悪く薬を貰いに行きたくなかったからだ。
喘息の専門医が近くにあると知って幸運に喜んだが、最初の診察で「タバコやめないと薬出さないよ」と言われその医者が嫌いになった。
禁煙治療を受けるときも、処方してくれる医者が近場でほかになく、渋々にそこで受けたのだったが、ろくな問診もせず診察代をがっつり取られることにもうんざりで、意地でもそこで喘息の薬はもらうまいと決め、禁煙治療を終えてからは行っていない。
ぜろぜろするときには一番通いやすい距離の耳鼻咽喉科で処方してもらっていたが、この医者は「うちは喉まで。喉から下は専門のとこで診てもらってね」と喘息の薬を出すのを嫌がる。
仕方なくほかの内科で処方してもらったりで、毎回違う医者を探すのも煩わしい。
不本意なドクターショッピング状態になっているのだ。

治療なんだから専門医がいいに決まってるのだが、いかんせん相性がよろしくない。
こちらがただ嫌うばかりではなく嫌う理由もあるのだが、これも医者側の立場で考えれば相性で、そういう態度をしたくなる患者ということになる。
電話相談の受付という仕事をしていて、それがわかった。

まともに会話するのが生理的にしんどい声というのがあったり、相談内容にムカっとしてしまったり、相手の一言がいちいち気に触るようなことが、実際にあり、そういう場合には他の人に代わってもらうことにしている。
同僚はお互いにそうした好みを知っているので、交代は最善策で、私が代って引き受けることもある。
褒められたことではないのだろうが、そういう好き嫌いと信頼は切り離せない。
その場しのぎに愛想よくしたところで、万事うまくことが運ぶとは限らない。
費用の分割などの相談も自分の判断で取り決めることになるので、こいつなんだか胡散臭いな、とかの感覚的な判断が必要になる。裏切られることも多いが、それは自分の直感に裏切られるということだ。

事務所の入り口に、プラスチックのケースに入った造花が飾られている。
電話相談で私が対応した大阪の相談者が、お礼にと私宛てに送ってくれたものだ。
この相談者の場合、すぐに仮受任となったがその後アドバイスを重ねたところ自己解決できてしまい弁護士への委任にはならなかった。だから費用がかからなかった。
受任となって相談員宛にお礼の手紙が添えられた書類が送られることはあっても品物は珍しいらしく、こちらは照れるばかりだが、事務員が沸いた。
急に相手が怒り出したり、クレームが入ることも多い。
話す内容はすべて同じだし、手順一つ変わらないのに、こちらの嫌悪が伝わってしまう。

医者も教師も、そう違わないのではないかと思う。
そうであってはいけない、というのは表面上の理屈であって、理想に過ぎない。
人間だから信用ならないし、人間だから信用できる。
一括りに言えば相性だ。
だからこそ、ある程度のマニュアルも必要になるし、マニュアル以上の対応には心が動く。
俗にいう神対応というやつだろうが、誰も神にはなれない。

章が追加された森達也の「A3」を読んで、そんなことを考えた。
この頃はテレビのワイドショーをチラ見するが、人のしくじりを罰する人が多いなあと驚く。
罪を、赦すための罰、であるはずが、誰もが過剰に感情的になっているような雰囲気で、心地悪い。
「A3」は憎しみ或は憎しみの果てに生じた無関心が真実を覆い隠すのではないかと問い掛け続けていた。
許せないという感情はあっていい、だがそれは結論にならない。

子供のころ、登場人物が2人だけのテレビドラマを見た。
単発枠で、柄本明演じる教師と、木内みどり演じるひきこもりの子の母しか出てこない。
子どもは中学生という設定だったか、子供部屋から出てこないままに、ドラマは終わった。
猛烈に面白かったので、エンドロールを食い入るように見て、森達也の名前を覚えた。
その名前が本当に森達也だったか、今となっては定かではないし、そうだとしても同じ人かもわからない。
キャストにしても覚え違いかもしれないし、もはや本当にそんなドラマがあったのかすら危うい記憶だが。
ただ、「不在」を廻る、もしくは「不在」という圧倒的存在を廻るドタバタを、不毛と切り捨てない語り口は、やはり森達也なんじゃないかと、今は思うだけだ。

かつて紹介を受けた仕事で、「相性の悪い人とうまくやる方法」についての講義をしたことがある。
ビジネスマン向けのセミナーだったが、嫌いな客に愛想よくできないラーメン店の店主だったり、嫌いな上司の言うことが耳に入らないビジネスマンや嫌いな人たちと毎日ランチしなければならないOLさんだったりが、悩んでいた。
どんな解決法を話したのかこれまたはっきりとは思い出せないが、「嫌いな人を無理に好きになる必要はない」というようなことを主軸にしていただろうと思う。
ではどうやったらうまくやれるのか、については何を話したのだったか。

今は「不在」を捏造するという方法を考えている。
架空の誰かを挟んで直接対峙しない。
仮想的を作って共闘の立場になるとか、この人が自分の大切な人の知り合いだったらとか、自分が直接に関わるわけではないという逃げ場を用意する。

職場では反社会勢力の人たちが「不在」の誰かになり得るし、病院では看護士さんたちが「不在」の誰かになり得る。
実践のため、嫌いな専門医に行くべきだろうか。
それより、ほかの医者を探すほうが良さそうに思うが。

  1. 2019/11/22(金) 02:38:07|
  2. 雑感
  3. | trackback:0
  4. | comment:0
following page