仕事部屋

WastedTime中島さんのお誕生日イベントで、DRIffSHOESのステージ。ミニマムながらも個性はしっかり見える、やっぱりこのバージョン捨て難い。次から「ドリフシューズの右足です」「左足です」とメンバー紹介して欲しい。多分、あたし一人が悶絶。

今日、開演ちょい前に店に入ったらね、奥の席にいた見覚えのある人たちが、あたしに会釈してくれたのね。多分、何度か対バンしてる人だよな、ああ、あの人たちだったよな、と彼らのバンド名は思い出したのだけど、いつの対バンだったかと記憶があやふや。だけど、名前を覚えてるくらいだから何度か一緒だったのかもしれない、てことは、もしや大晦日ではなかろうかと。
ここで冷や汗。
だが、会釈をしてくれたくらいだからお詫びする隙はあるだろうと、恐る恐るに近寄って、「あのぅ、もしかして、わたし、こないだすごく絡みましたよね」と。「いや、楽しかったですよ」と答えて下さったので失態を確信して、後は平謝り。まったくお恥ずかしい次第です。
が、今日はそれほど酔う前にちゃんとお話できたので、ばっちりメンバーお二人の名前も記憶しているし、その場しのぎながらもお詫びできて、あたし一人の気が済んだ。
他にも見覚えのある人に「ほんとに面白い人ですよねー」「今日は大丈夫ですか」と声をかけて戴いたことを考察するだに、やはり大晦日に絡んだ皆さんだろうと。
会う人ごとに謝ったが、赦して戴けたのだろうか。

ま、あたしも中島さんの年まであと十年だし、その間には似たようなことがまたあるに違いない。そのたび、普段は人見知りして近づけない人たちと、お詫びを介して知り合えるなら、いくらでも大寅になろうぞ。うそ。絡んだ挙げ句に覚えてないなんて、ほんとにごめんなさい。どうかまたお会いする折りにもお見限りのないようお願いします。飲まなきゃ人見知りで大人しいです。たぶん。

しかし、いいお誕生日でしたなあ。
五十にもなってあんなに祝ってもらえるってのも、なかなかないだろうし、こんなふうに喜びを噛み締められるお誕生日も、なかなかないのではありませんか。
その場に立ち会えたこと、嬉しく思います。
十年後に、またやりましょう。
体を壊さないようにしてください。
  1. 2007/02/28(水) 02:26:32|
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また産まれまして。

犬嫁、二度目の出産。
予定は日曜だったのだけど、金曜夜から兆候が見られたため、あたし一人が徹夜で見守ることに。

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妻の出産を待つ夫。

犬嫁が寝ている親方の枕元で産もうとするので慌てて親方を起こし、産室へ連れていく。
直前まで散歩に行きたがってなかなか落ち着かなかったが、8:20 諦めたようにいきんで第一子。
ネズミの仔のように小さい女の子、イチコと命名。
恨めしそうな顔で親方が出勤、産婆は娘に交代。
あたしはあのドロドロした胎盤やらへその緒やらのあれが苦手で触れないので役立たず、犬息子と二人で辛抱強く待つばかり。
子供など産んでませんという顔でしばらくまた普通にうろついた犬嫁、9:12 大きめの第二子、これまた女の子だったので名はニコ。
その後、9:48 に長男サンタ、サンタのへその緒切ってるうち 10:06 次男ヨタロウ。
犬嫁もすっかり落ち着いた様子なので、産室のタオルなど取り替えて一息。

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犬嫁はさすがにぐったり。

mixiにあるうちの犬舎のコミュニティーに報告していると、仔犬らにお乳をあげていた犬嫁が突然「ぎゃん」と一声、見るとまた青い玉がぽっこりしてたのが 10:56 、三男ゴンタ。

お産の介助もへその緒の始末も、娘は極めて冷静、てきぱき見事にこなす。牧場とかに嫁に行くと役立つに違いない。
昼過ぎから二時間ほど仮眠、胎盤臭い手でピザを作りに行く娘と交代で起きて、母犬の背中や脇の下や敷いてあるタオルの隙間などあちこちに潜り込んでいる仔犬らの点呼を取り、体が小さくてしょっちゅう転がされてしまうイチコとゴンタを犬嫁の腹に押し込み…。

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仔犬、五頭。

今年になって急に花粉症が出たらしく、目が真っ赤になったので久々に眼鏡使用。Loratonという薬、即効性があってすぐに治まるのだが猛烈に眠くなる。三十分ずつ細切れの仮眠ではやはり体は休まらない。
これからしばらく我が家には七頭の犬が暮らす。
半年前のお産のときと比べれば、急ぎ仕上げる原稿などない分気楽ではあるけれど、当分はあれこれが不自由だ。喘息発作が起きませんように。
  1. 2007/02/24(土) 23:04:20|
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ブルーハーツ、第一シーズン終了。

ケータイlivedoorの小説「ブルーハーツ」第一シーズンが終了。
原稿落とさなくてよかった…。
休載中もlivedoorブログは継続したいのだが、何を書こう。
ブログが炎上しなくてよかった…。

衛星劇場でやってた「blue」を流し見。漫画の乾いた表現の方が断然いい。絵に描かれたキャラクターの方が生身の役者より表現が勝っているというのは、どういうことなんだか。
こういう女の子っぽいやり取りって苦手だなー、さっぱりわかんねえし、当時もその手のことは理解できなくて放ったらかしだったなー、などとぼやいていたら親方に「あなた、基本が男だからね」と言われた。んなこたあない。
が、話すうち、結局は男女に関係なく思春期特有の感性なんじゃないかということになり、やっぱりそれもわかんねーし、というオチ。

自意識の持て余しっぷりというか、恋心の収めどころというか、他人との距離感というか、その手のぐだぐだした悩み事は大人になってからの方が深刻だ。どうにもできない思春期にぐだぐだしてんのは時間の無駄と当時も思ってた。んじゃ今はどうか。やはり時間の無駄と思う。もちろん、悩み事のある人を切り捨てるような視点ではないけれど、世の中には一人で考えていても解決しない問題というのが多々あって、その類いのことで悩むのは無駄と感じてしまう。
考える力は、もっと純粋に「考えるため」だけに費やしたい。
基本、うだうだ考えるのは好きだ。
但し、それは考えるという目的で意図的に取り組む、趣味し好の一種。

ちょっと前までは人並み以上に悩んだり落ち込んだり悲しんだりする心の動きがあったのだけど、いつ頃からか、んなもんは脳細胞の活動による生体反応でしかなく、どうこうできるような実体のあるもんじゃねえじゃん、と気づいてからは、さっぱりなくなった。
不快な気持ち、悲しい気持ち、落ち込む気持ちなんてのは、あたしにとって、体温が上昇して毛穴がひらくとか、発熱すると寒気がするとか、刺激を受けて勃起する(ちんこないけど)とかと同じことになってしまった。だから、あー熱があってぼうっとするー歩くとふらふらして真っ直ぐ歩けなーいと、そういうときに普段は味わえない感覚を改めて確認して楽しむように、くそームカついてしょーがねーあったまくんなーあのやろーとかってときも「状態」や「感覚」を味わうのに忙しくて、大概、そもそもの部分はすぐにどうでもよくなってしまうから便利だ。

自分が感じることがないから、他人のそれにも殆ど共感できない。
「かくかくしかじかで悲しいんです」と言われれば「ああそうか、悲しいのか」と思うし、「これこれこうで悩んでます」と言われると「ああそうか、悩んでいるのか」と思う、という範疇でしか、他人のそれが理解できなくなってしまった。つうか、わかったふりをするのが面倒になって、もうわかったふりすらしなくなっている感じで、その開き直りがますます一般読者に共感されない要素になっていてどうしたもんかとも思うが、共感を寄せてもらえる小説を書く以前にそうでなければ自分の日常が危うくなる「生きる力」としてのそれなのだろうと思う。

きっと普段は、あんまり感情が動いていない。振れ幅が大き過ぎて、何もできないくらいに消耗してしまうからだ。んで、芝居やるときだけ解放してるんだろう。感情が動かなければ芝居にならないから、これはしょうがない。日頃こつこつ節約して貯め込んで、時々ぱあっと遣うタイプのケチ。だから、ときどきむしょうに芝居をやりたくなる。

そういえば、恋もすっかりしなくなってしまった。人と出会う面白さや、近づいていくドキドキ感や、向き合ったときに得るものがあっても、それ以上やそれ以下の何かにはならない。
不安神経症の頃には生きていくのってなんてしんどいことなのかと思ってげんなりしていたのに、今はなんだか生きているのが楽過ぎて、退屈なくらいだ。日常の出来事すべてが面白く感じられるって、むしろ、ぱっとしねえなって感覚だったりする。

そんなことより、もうすぐ犬嫁の出産予定日だ。
考えずに生きる命は強い。
  1. 2007/02/24(土) 01:52:11|
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小説現代3月号

講談社より発売中。
「10分間で読める超短編官能小説」という特集で、「うなぎの足」という短編を書きました。
短いので、立ち読みしてください。

「うなぎの足」は、ソウルオブカラーズという二人芝居のシリーズで、小宮孝泰氏とやったエピソードをネタにしたおはなし。芝居自体は山本周五郎の「さぶ」が元ですが、全然違う話しになっちゃって、そこからまた小説のネタとして還元。一人リサイクルだ。

今日は娘とこまつ座の芝居へ。初代夫の舞台を観るのは何年ぶりだろう。
娘が昨夜からいそいそとチョコレートなんかを作ってるんで、本命の彼以外に誰かいるのかと思ったら、初代夫への贈り物らしい。感動して泣くかも。舞台も楽屋も楽しみ。

続きはまたあとで。

飲まずにさきほど帰宅。父親は泣かなかったが、多少へどもどしてました 笑
さすがの遅筆座、通し稽古のないままコヤ入りしたそうで、途中幾度かひやっとする瞬間はあれど、大鷹・梅沢コンビの万全なフォローと、川平慈英の華で乗り切った感。浅野ゆうこで音楽劇ってあたりの無理も、少人数のキャストでいい雰囲気にまとまって気にならず。
あんぐりするお値段ですが、よい芝居でした。

それから、「すきもの」が六月あたりに文庫になるとの噂。
その前にネイバーズとかファミレスとか、どっかに残せないもんだろうか。
むむむ。
  1. 2007/02/22(木) 14:21:14|
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Don't Trust Over 30.

素晴らしい先人の知恵、そしてムーンライダーズの名曲。
今年還暦を迎えたあたしの師匠が、かつて三十歳のお誕生日を迎えられたとき、この曲の入ったカセットテープを編集してプレゼントしたっけ。かわいいな、あたし 笑

性教育の話題を出したところmixiにも性教育の相談メッセージ、そしていよいよ第一シーズン終了間近となったブルーハーツのBlogでは、性教育の必要性を実証するかのようなコメントの嵐。


大好きなkoutaくんが気に入ってくれてるらしいのと、こないだのイベントにかつて取材させてくれた大学生が遊びにきてくれたのもあって、不意に当時のことを確認したくなり、「これを読んだら連絡をください」を読み返した。
いやあ、呆れた。よくあんなの書いたな。ちゃんと構成してるし、分量もたっぷりだし、なんだかちゃんと書けている。まさに純文学だと思うのだが、どうしてもっと認めらなかったのか。って読み返すたびに書き留めているような気もするけど、誰がなんと言おうと、あれはかなり面白い小説だと思う。ネット上でレビューを探すと酷評がわんさか出てくるのだが、それらのすべてがドンピシャで策に嵌っているってところは、書こうとしていたことが書けている証しなんだろう。
くそつまんねえと思う読者がいたことは否めないし、それはよろしくないことに違いないのだが、何を書いたって万人が面白いと思うものなど書けやしないという範疇内だと思うので、くそつまんねえと思われた読者には「すいません」と言うほかなく、なんとも残念です。
多分もう二度と、ああいうものを書こうとは思わない。書かせてくれるところもないだろう。
書く前に、某社の編集者にも「これこれこういう企みのものを書いてみようと思っているんだが、それは小説になり得ると思う?」って、相談したっけな、代官山のOのカウンターでさ。
あのとき「なると思います」って言ってくれてありがとう、S氏。おかげでプレゼンする勇気と形容を持てました。何より、あんな小説を書かせてくれてありがとう、野末君。あれを書けたことは、あたしの大きな誇りになっています。などと書き留めるのも読み返すたびだったかしら。
いやー、おもしろいもの書くなあ、マエカワ。と、改めて思って興奮した。

そうそう、「夏のしっぽ」を読み終えた妻に求められ久々に致しました、という感想を戴き、感動。小説を読むことって、つくづく出会いなんだと思う。「あなたの人生の隙間に、わたしの言葉を、少しだけ。」てな感じで、誰かと出会っていけたらいい。
芝居という消えものをやっていたせいか、時間を経ても尚新しい出会いを持てることが、小説を書くことの一番の魅力のような気もしてきた。
なんつって、ここんとこまったく書いちゃいないんだが。

  1. 2007/02/21(水) 03:06:08|
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スパルタ性教育。

今は小学校一年で性教育を始めるんですね。よいことだと思います。
そんなに小さい子にわざわざ教えなくてもいいじゃないか、自分はそんな教育受けてない、それでも立派な大人になった、なんて言う人が未だ多くて、正直あんぐりと口が開いてしまうのですが、そういうこと言ってる人を立派な大人とは思えないし、実際に自分の子供が性犯罪の被害者になったときにもそうやって言ってられんのかと、腹立たしいやら心配になるやらです。

大好きな○○ちゃんのそばに行くと胸がドキドキしますね。
大好きな○○ちゃんなのに、どうしてだか意地悪したくなったりしませんか?
はい、これがあなたの中にある「性の心」です。
人にはどうして性の心があるのでしょう。
それは、人が動物の一種だからです。
絶滅しないために子供を残す本能として、どんな人にも、性の心が備わっています。
意地悪することが一番ドキドキすることだという人もいれば、意地悪されることが一番ドキドキすることだという人もいます。○○ちゃんのたて笛に触れただけでドキドキしちゃう人もいます。○○ちゃんが食べ残した給食のパンにドキドキしちゃう人もいます。それと同じように、大好きでもなんでもない誰かのたて笛や食パンにドキドキしちゃう人も、世の中にはいます。
性の心は、みんなそれぞれ違うし、一人ひとりの秘密の部分です。
あなたの秘密を誰かに笑われたら悲しいでしょう。
だから、あなたも人の性の心を笑ったりしてはいけません。
性の心は一人ひとりが違うものですから、セックスという性の行動にも、うまくいく相手とうまくいかない相手がいます。
それは、行動が合わないのではなく、性の心が合わないのですから、いくら練習しても、決してうまくいくようにはならないものです。
みんなちがって当たり前ですから、あなたが誰かに合わせる必要はありません。
あなたがいやだと思うことは、あなたがしなくていいことです。
どんなに好きな人、大切な人が相手でも、あなた自身の性の心は、あなたにしかわからないものなので、しっかりと自分の性の心を守ってください。

とまあ、そんなことを、我が家では確か幼稚園の頃に、石井隆と山本直樹の漫画をテキストにして教えたわけですが、これは非常に正しい教え方だったと、今の今まで思っている。
因みに、ゲイのセクシャリティーと、オカマという性については身近だったので、ホモンズを実例に挙げた「心の性」として、その次に教えといた。
ホモンズってセレクトが、ちょっとスパルタだったかもしれない。

大昔、まだあたしが二十代だった頃、とある有名進学男子校から国語の特別講師をやってくれと頼まれたことがあったけれど、それを引き受けていたらある意味違った方向での有益な性教育になったんじゃ。
冗談はともかく、誰かあたしに子供の性教育をやらせてくれないかなあ。
それが無理なら、担当する先生には、死ぬほど気持ちいいセックスを経験した人を択んで欲しい。

いや、本気でそう思うちょります。
  1. 2007/02/20(火) 01:42:51|
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小雨の中、STAX-FREDでのA1+紅次郎withモグラ、新高円寺なのに東高円寺に降り立ってしまい、しばし呆然。ステージはリラックスしたよい感じ、やっぱ紅さんくらいコーラスできないとね、ドリフも。

今朝になって不意に思い出した、理想のボーイフレンド。
どの辺りが理想だったんだろうと追想。
苗字も知らないままだったワタルはもう結婚して幸せに暮らしているとしか今も知らないし、それが本当なのか嘘なのかも判らないけれど、少なくとも、恋愛に対しては正直で、複雑で、素敵な男の子だった。
あたしは彼のことが本当に大好きだったのに、彼は、あたしが彼のことをちゃんと好きになってないと思っていたし、そう思わせてあげられないまま、あたしが振られた。恋愛のあれこれにあっぷあっぷしてて、縋る体力がなかった頃だった。
もし今また会ったら、あたしはまた同じくらい好きになってしまうんだろう。

こういう未練が割と多い。
もし今また近づいたら、またいつかと同じくらい好きになってしまうんだろうと、いつも思っていて、実際にはなかなか会うことのない男の子。そういう思い出がたくさんあるのは、幸せなことに違いないが、そうやって美化される一方の思い出より、現実で泥まみれになってる方が面白いんだよなあ。

それって、自分の恋愛感情を仔細に分析するより、目の前に差し出された他人の恋愛感情を観察する方が好きってことなんじゃないだろうか。過去の記憶は自分だけのものだけど、現実の関わりはむしろ相手のもののような気がするから。誰かの中に映っている自分という形でしか自己認識ができないという欠点でもあり、そうと気づくたびに、根っこのとこに残ってる「女優さんっぽさ」を思い知らされもする。女優さんっぽさと言えばかっこいいような気もするが、つまるところの病的客観性、主観のあやふやさだ。主観があやふやな人との恋愛じゃあ、不安にもなるだろう。

などと振り返って得るものがあるんだろうか。
現在をロマンティックに演出するのは白けても、過去をファンタジーで彩るのは楽しい。
  1. 2007/02/18(日) 15:49:45|
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朝四時、師匠からの電話が入って、通話ボタン押す前に「今度は誰が死んだのか」と。

が、出てみればご機嫌な師匠、「なんで起きてるのか」といきなりの詰問。
続いて、「本が届いたが、なんで送ってきたのか」と。
「いや、そういえばずっと送ってなかったな、と思って」と答えたら「ああ、そうか」と納得。
加えて、mixi に書くなとか娘の自慢するなとかのダメ出しが続き、最後に「いくつになったのか」と訊かれて「今年で四十ですよ」の答えに、師匠、動揺。
…てことは、師匠は還暦なわけで。
還暦だからやろうぜ。お前んちは駄目だし、▲▲旅館もなくなっちゃったし、ラブホテルは白けるし、どこでやるかなあ。よし、お前ちょっと考えとけよ、また電話するから。

二十年以上の付き合いなのに、口説かれたのは初めてだ。
や、そんなことないか。
命令とか嘆願じゃなくなっただけだ。
  1. 2007/02/16(金) 04:15:15|
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昨日は渋谷の小洒落たカフェでカナリアを見物。好きだったモジョムラッカが解散してしまったから、クボちゃんがぽこぽこやる姿+ヒロシが助平にギターを爪弾く姿を観たのは久々。クボちゃんの隣にいた女の子がとても可愛らしくて微笑ましかった。
別にクボちゃんがモテてるわけじゃないだろうが、クボちゃんの周囲には美女が多い。これまでに一番美女取り囲まれ率の高かった野田という友人に充分に張り合う。観に来ていたクボちゃんの従姉妹が可愛くて思わずナンパ。お兄さんにあげるつもりで持ってきていたというチョコレートを貰っちゃった。いひひ。

カナリアの問題ではないのだけど、人目を気にしない格好で人前に出てくるバンドっていうのはどうなんだろう。自分たちの音楽を聴かせるってことは、自分たちのセンスをお披露目するってことなわけで、お客さんからお金をもらう以上はそこのところをもう少しなんとかして欲しい。
趣味の違いはあるから、こういうのがいい、こういうのは駄目と言い辛いのだが、主張でもなくお洒落でもなく、といって飾らない自分を見せたいという心づもりにも思えない、ものすごーく中途半端なセンスは、歌もステージングも同様で、見るに耐えない代物でした。歌がいいとか悪いとかに辿り着かないんだよね。空間にそぐわない、客よりみっともないじゃ、観てください聴いてください、という姿勢に思えないし。それが女の子であるとなると、こと更に悲しく腹立たしい。

どうかお願いですから、世界中の女の子は馬鹿になってもいいからせっせと自分を飾って磨いてキレイにしていてください、ホントに。
  1. 2007/02/15(木) 17:40:47|
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おかげさまでイベントは無事に終了。予想外の盛況で、ずいぶんほっとしました。
お客さんがたくさん飲んでくれて、出演者がステージを楽しんでくれて、店への支払いもちゃんとできてと、言うことなし。

開場に駆けつけてくれた星野DJとも、思えば随分長い付き合い。
そういえば、元は、一回こっきりでやったバンドのバンマスだったんだよなー。
そのときに使ったのが六本木のキャラメル。それからあの二人芝居のシリーズを始めて、星野さんには八年間ほぼ毎月、付き合ってもらってた。

だから、WASTEDTIMEなのに、星野さんが回すだけでキャラメルの空気を思い出す。
音楽って空間演出だと思うから、実際、星野さんの回す音で空気が変わったんだろう。
店に入った途端、「なんかここちゃんと出来上がってるけど、俺、やっちゃっていいの?」と言ってたっけ。そうやって空間を読める人だからこそ、DJで芝居に絡めるわけだし、ほんとに特殊な能力だといつも感服させられます。

SOAKはいいバンドになってきた。かなり好き。
紅月さんはさすがのステージング。がっつり掴む感じがまざまざ見れて面白かった。
ドリフは、新しく入ったサポートメンバーのラジカマ君も頑張ったし、「枯れゆず」もしくは「疲れゆず」な雰囲気が面白くて、あたしは結構、あのバージョン、気に入ってます。
また次のステップに向けて、気長にやっていきましょう。
みんなのいいステージに感謝。

こういうのって、久々の友人たちに会えたり、新しい友人ができたり、わわっと人が集まってきて混じり合って、またわわわっと散っていく感じが好き。
みんなとずっと同じようには付き合っていけないから、尚更に。
楽しかったです。ほんとにありがとう。
  1. 2007/02/14(水) 00:13:09|
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