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仕事部屋

人と会う月間が、まだ続いている。

数年前に某新聞の文化部にいらして著者インタビューのために一度だけお会いしたCさんから、電話があって、夜の恵比寿で待ち合わせた。なんの用件だかわからない。「お仕事ですか」と訊くと「個人的な趣味です」と言う。

警戒二割、面倒臭さ三割で、直前までドタキャンしちゃおうかしらなどと思っていたのだが、考えてみたらこの先いつ次にお会いするかもわからない人だし、そもそもインタビュー以降でお会いできる機会があることが珍しいのだからと思い直して、出向く。新刊読んで思い出してくれたのかとも思ったが、どうやら読んでくれてはいないらしい。目的不明のまま会ったのだ。

待ち合わせ場所に来ていらしたCさんの姿を遠目に見たら、不意になんだか懐かしい人のような気がして、五割の後ろ向きはすぐに消えた。
今は某週刊誌の記者になっておられるCさん、元より文化部の記者ではなく事件屋なのだと言うので、面白い話が聞けそうだと思ったこともある。

そしてやはり、話はとても面白く、小一時間のつもりが四時間。

文化部でやった作家のインタビューのあれこれ、ご家族の話、記者仕事の話、事件の話、取材の仕方などなど。もちろん、聞いているこっちが「それやばいんじゃ」と不安になるような話には一切向いて行かない。頭の中に鍵のかかる書類棚が完璧に出来上がっているプロフェッショナルだ。ソースの面白さばかりではなく、言葉の選び方、人への視点も興味深く、Cさんの経験や考えから長篇のネタが十本は取れる。Cさんとのデートを重ねれば、あたしも横山秀夫ばりの記者小説が書けるはずだ。

何しろ、魅力的な人なのだ。人に会って話をするのが好きなのだろうし、無関係な誰かに吐き出したいこともたくさんあるのだろう。
楽しいなあ、面白いなあ、この人と会えてよかったなあと、胸の中で繰り返し思った。
そりゃそうだよなあ。向こうは他人の懐に飛び込むプロなんだから。
Cさんが有能な事件記者であることは、聞かずとも感じられた。
カリスマ整体師なるものが存在するとして、その施術を受けたら、こんなふうに実感するんじゃないかしら。

話している間中、どうして彼が今日あたしに会いたくなったのか、ずっと考えていたのだが、「前川さんってほんと色気ないね」の一言で解明。
とはいえ、まったく色気のない女と飲むのは楽しくないに違いない。何かしら、あたしへの興味や好意を持ってくれていたからこそ、何年も経って不意に電話してきたりしたんだろうし。
生真面目なCさんは仕事のグチを零したかったのだと釈明してくれたが、なんてことはない、ちょっとしたドキドキは欲しいのだけれど、それが色気に転ぶのは面倒で、あたしを択んでくれたってことなんじゃないかと、勝手に解釈した。そうだとしたら、とても光栄なことだ。
但し,今回ばかりは珍しく、あたしは殆ど喋らなかった。聞き役に徹して退屈しない四時間っていうのも貴重な経験だと思う。

Cさん、54 歳。色気はもうしんどいという感覚は、あたしにもちょっとだけ判る。
これからそういう飲み友達が増えて行くのかなーと、わくわくしながらの帰路。
ここで影響受けて、本気でCさんを取材して記者小説を書くことを、ちょっと想像してみた。
多分、書かない。
聞いた話をネタにすることも、ないだろう。
だが、Cさんに向けるあたし自身の目や、Cさんの目は、いつかあたしの書く物語の中で覗けるに違いない。

キムチ作るのってこんな感覚だろうか。
いろんなもの漬け込んで、ときおり手を突っ込んでかき混ぜて、発酵を待つ。
美味しい浸かり具合でちゃんと上げないとな。

  1. 2007/03/29(木) 11:25:44|
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