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仕事部屋

いらない。

のんびり起きて、歌ったり踊ったりして半日を過ごした、六月のはじまり。

あたし一人でも上がったり下がったりしがちな分、人のそれにはできるだけ触れたくないってのは、やっぱり薄情なんだろう。

親友Mと大笑いしたのは、「あたし、自分の稼ぎを人の為に使うの、死んでもやなのよ」って話。
まあ、そう思いながらも妥協して子供を育ててきたんだから、あんたよりあたしの方が折り合ってるじゃん、って笑い飛ばしながら、どうしてなんだろうって、ふっと淋しい気持ちになった。
身を削っている自負のせいなんだろうけど。
なんのために?って思わなくもないよね。

基本的に、支え合うとか助け合うとか、力を合わせて一つのことを、とかってことが嫌いなんだな。I'M O.K でしか人と関わりたくないって、やっぱり偏屈なんだろう。
ダメな人を支えたいって趣味がない。ダメな人を助ける余力もないし、あってもダメな人に貸す力なんざない。そういう人を見たくないし、近づきたくない。

父がそうだった。
父との仕事で大ヒットを飛ばした芸人が、その後人気もすっかり落ちて名前すら見かけなくなった頃に、父を訪ねてきた。「もう一度、何かやりたい。力を貸して欲しい」って、頭を下げる芸人に、あたしの父は「今のあんたとやれることなんか何もない」とすげなく言って追い返したそうで、あたしの母は「助けてあげる力があるんだから、助けてあげればいいのに。お父さんは冷たい人だ」って、ずっと言ってた。

それを聞かされて育ったあたしも、永らく父のことを「冷たい人なんだ」と思っていたけれど、今は、そうは思わない。父だって自分が生きるのにいっぱいいっぱいだったんだろう。だから、ちゃんとああいう結果を残せたんだろうし、あたしはその孤独を尊敬する。

何ものにもなれない奴ってのは、それだけのことをしてないだけなんじゃないのか。

そこそこのやり方や、ゆるいやり方はスキルの一つだと思うけれど、どうしても最後まできゅっと締められない奴とか、びしっと閉まる最後のほんの一押しをしない奴とか、あけっぱひろげっぱでまんま平気な奴とか、つまり、怠け者ってか自分に対してゆるい奴ってかだらしない奴ってか、自分に対するユルさ、みたいなものを嫌悪しているあたしは、そういう人に自分を預けられない。

だって、そういう人って魅惑的じゃん。たちまちに引き込まれるじゃん。人のことにもユルいからさ、楽させてくれそうな気がするじゃん。龍昇とかさ、野田さんとかさ、素敵だもんね。大好きだし、一緒にいるとふわっと力が抜けて気持ちよくなる。あたしもそんなふうにしてみようって思うし、ちょっとは憧れがある。

でもさ、やっぱり、あたしはそうじゃない。あたしはそれじゃダメだ。そういう人と一緒にいると、どんどん自分が嫌になる。

人のせいにすんな。甘えんな。やることやってんのか。ごたく並べんな。できるできないをてめえで決めるな。かっこつけんな。血吐いてやれよ。怠けんじゃねえよ。やった気になんなよ。

あたしは、こういう言葉が大好きなのよ。

ゆるゆる生きていく人と、きりきり生きていく人は、同じ生き方ができない。
惹かれ合っても愛し合っても求め合っても、同じ人生はやれない。
それぞれが、しっかり自分の人生をやってるところで、触れ合うのが精一杯なんだろう。


色々と頑張らなきゃならないことがあるなあ。頑張るの、やだなあ。


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「パレット」光文社文庫、6/20、配本。
  1. 2007/06/01(金) 19:54:40|
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