仕事部屋

朝から猛烈に作業。直し倦ねていたエッセイの原稿を丸々書き直し、二時間ほど仮眠して、洗濯に行き、ちょうど気の滅入る内容に差し掛かっているブルハ原稿を書き出したが、途中でしんどくなったので夕飯を買いに行って食事休憩に二時間、再開して終えたのがこの時間。
外は雨だ。もう肌寒いね。

秋だなあって思うと、人肌恋しい季節だよねって友達と抱き合ったときのことを思い出す。
彼とはきっともう死ぬまでハグすることなんかないだろう。
どうしてあの時だけそれができたのか不思議なくらいの、たった一度の抱擁。
どうにかなりたいのにどうにもしない切なさが、秋。
  1. 2007/09/30(日) 03:19:42|
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昨日はカナリアのレコ発ライブでPLUG、クボちゃんと機材運びしてWastedtimeに立ち寄り雑談、三宿の蕎麦屋で満腹して満員電車で朝帰り、ミドリさんのお世話して六時間ほど爆睡、起きて入浴してまたWastedtime、今日はクボちゃんの信天翁と隆光バンド、隆光バンド観てて12月にやるイベントのタイトルを思いついた。「カッコいいナイト」ってのはどうよ?
  1. 2007/09/28(金) 23:46:46|
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悩みごとの行方。

ブルハ本編より好評の恋愛相談、ブルハの連載終了後の継続をlivedoorに打診したが、恋愛相談は購読促進のプロモーションなので無理との回答、livedoorでの連載は今期で終了となり、必然、恋愛相談も受付終了となる。

ブルハ本編は担当氏の尽力により他社の携帯サイトで新シリーズを継続することになっているが、そこで恋愛相談まで引き継いでくれるかは未定。PVが多くても少なくても原稿料に影響はないし、販促とはいえ無料奉仕としてはかなりの分量で悩みごとが寄せられているので、どこか原稿料が派生するような受け皿があるとありがたいのだけど、なけりゃないでブログごとlivedoorからどっかに引越して、自分販促の奉仕活動を続けようと思う。

自主運営では管理が面倒ってだけなんだけどさ、ギャラ下さる企画あれば、今期終了後に恋愛相談及びエッセイのブログは格安にて身売りしますんで、早めに声かけてください。

まあ、今どき、人生相談や雑感コラム、恋愛をテーマにしたエッセイみたいなものなんてのは、読み物としての水準さえ求めなければネット上でいくらでも読み書きできるわけだから、原稿料払ってまで記事取ろうってところはないんだろうなあ。

シティロードで連載した「人生相談・快楽主義」に始まって、家内雑感記時代にサイトのコーナーとして再開した「快楽主義」でも、livedoorの小説ページで募集した投稿でも、ここのブログのメールフォームからの投稿でも、匿名の悩み相談への回答から知人となって、ぼちぼちのお付き合いを続けている友人が何人かいる。

そういえば、チャットで知り合ってあれこれメールして、いつかハワイのお土産をわざわざ送ってくれたサガンちゃんは、元気にしているだろうか。

まだ高校生の頃、流行のいたずら電話がひっきりなしにかかってくるので、何かよほどなんだろうと思って、かけてきたまま無言の相手に「何かあるんだったら話してよ」と言ったら、次の電話では「いたずら電話しててごめんなさい。がちゃって切られなかったの始めてだったから、つい何度もかけちゃいました」と話し始めてくれた。その子は中学生の女の子で悩みごとがあって、あたしはそれを聞いてちょっとだけ意見なんかもして、その後は何度か文通もした。あの子はどんな女性になっただろう。

定時制が使う教室の机に鉛筆で落書きされてた悩みごとに、暇つぶしのつもりでコメントを書いて「励ましの気持ちです」とサイコロキャラメルを入れておいたら、翌日は机の中に「どなたかわからないけれど、ありがとう。お礼です」と、四葉のクローバーの押し花を貰った。ひらひらした押し花を破いたノートで丁寧なお手紙折りに包んだそこには、「今までは私のお守りでした。これからは、あなたのお守りにしてください」と、鉛筆書きのメッセージがあった。もちろん、私は今もそれを持っている。私は一年で、その教室を別の時間に使うのは三年生だったから、二つ年上の見知らぬ人。あなたはどうしていますか。

「悩みごとがあります」というタイトルで、見ず知らずの人からいきなり送られてきたメールもあったが、深刻な様子だったので、深夜でも早朝でも即レスを心がけていた。リストカット癖のあるその子からの返信が途絶えたときには、決まって後日に「またやっちゃいました。ごめんなさい」と遅れてメールがきていた。「今度切りたくなったらいつでもいいから電話してね」と言っておいたのだけど、電話がかかってきたことはない。「元気になったら遊びにおいで」とライブに誘ったら来てくれて、一度だけ会ったその子は、真っ黒な髪を長く伸ばした綺麗な女の子だった。最初のメールから一年ほどが経ったある日、携帯に見知らぬ女性の声で電話があったが、私はその人の名乗る名前に心当たりがない。はっと心当たって訊ねると、その女性は、「娘が亡くなったことを伝えるために、娘の携帯のアドレス帳に残された方に順番に電話をしています」と言う彼女のお母さんだった。助けてやれなかったなどと傲慢な後悔をすることはない。ただ、ほんの一瞬でも出逢えてよかったと思っている。あたしに辿り着いてくれてありがとう、と思う。

正直、見知らぬ他人の相談事への返答に悩み、眠れなかったり、気持ちが沈み込んだりするのはたびたびだ。不愉快にこそならないが、いちいちちょっとだけ傷ついているんだろうと思う。
私に届くあれこれの悩みごとは、販促じゃあ済まない人の心そのものなのに、少しでも早くに回答してあげたいからブログに掲載したいと言えば、PVにつなげたいのでこちらのページでやらせてくださいと却下されてしまうのがもどかしい。

ひび割れて今にもばらばらになりそうな心の欠片を送ってきてくれる人のことも、その人との一瞬の触れ合いを無駄にしないよう精一杯に言葉を選んで返している私のことも、赤坂の新社屋で働く人たちには関係ないことなのだろう。「原稿料をお支払いできる企画にはできません」と言われると、見知らぬ誰かがふいっと悩みごとを書き送る瞬間のこころと、それを一つずつ咀嚼して飲み込んでいく私のこころには文字に書き記すという労力を加えても一円の価値もないと評定されたようで、ちょっとばかり虚しくなる。
もちろんこれは担当氏を責めるものではないので、担当氏は何も気にすることなどない。

他人の悩みごとなど、どうでもいいっちゃどうでもいいのだ。
だけど、見知らぬ誰かに触れられる入り口は持ち続けていたい。世の中の隅っこで、ぽかんとしたまま眺めるだけの私に「ねえ、暇なら聞いてよ」と声をかけてくれる人がいてくれるのは、嬉しい。悩みごとには実際のところ余り役に立たないんじゃないかと思うけれど、私はきっと、かろうじてそこでだけ世の中とつながっているのだろうし。

結局、あたしは「いいひと」でも「奉仕的精神の持ち主」でもないってことだろう。原稿料が派生しないと価値を認められていると思えないってあたり、どこかに自分のプロモーションだと思ってる節があるのかもしれないんだから。てことは、やっぱ自力でやるのが正当なんだな。

しかし、自力でやるとなると今度は「いいひと」アピール、「奉仕的精神の持ち主」プロモーションっぽくて、なんだか恥ずかしい。そうならないようひっそりやりたいが、ひっそりしてたんじゃあ誰もあたしに辿り着いてくれないだろうし。「お仕事なのに、お仕事以上の誠意で取り組んでいます」くらいのスタンスにしておきたいんだけどな。

いいのか。いいや。趣味ってことでこそこそ続けます。




  1. 2007/09/26(水) 22:16:48|
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勃てど漏らさず入れたい。

公開されている彼の日記を読んで、懐かしさが込み上げた。
小娘だったあたしが物語ることを覚えたのは、すべて彼の、あの饒舌な文章からだったのだと、今改めてまた思う。あたしは、彼から貰う手紙や、使わなくなった原稿や、使われた原稿のあちこちを再利用して、これまで物語を紡いできたんだろう。彼の発想や文体は、あたしの中で余り使われていない感覚の一部をつつくようなところがあって、スポーツブラと中学生男子のちんちんのようなそれだ。
五年に一度は近況を伝える機会があり、十年に一度くらいはお茶したり食事したりしているのだが、近い距離ではなくなってからは彼の文章に触れることもなくなった。いつしかあたしは、彼から盗んだ饒舌さをすり減らし、元来の理屈っぽさや気難しさだけを残して、あの頃の私とは異質なものになっていたのだなあ。あの頃の感覚は、ちょっと取り戻したい。

文字を読むという吸収の仕方はすごい。
覚せい剤なら経口投与と静脈注射くらいの違いがある。

この二日、R・マキャモンを読み返していた。何度も読んだ小説なのに、あっという間に物語に引き込まれ、いつか見たそれとはまた違う新しい景色が見える。そもそも好きな映画や小説は何度も繰り返し手にするたちだ。
読むうち時折、こつ、こつっと小さな石が胸の底に沈む。それが、指先で掬いあげられるくらいの砂利になると、もうじっとしていられず、本を伏せて、机に向かって、一度は落としたmacの電源を入れて、キイを叩く。

今朝眠ったのは九時過ぎだったが、そういう、いてもたってもいられない気分のときに無理矢理ベッドに潜ると、頭の中に次々と言葉が湧き出て発狂しそうになる。湧き出る言葉は、自分が考えることとはまったく違う他の何かを物語る言葉だし、時には人物が立ち現れ、くっきりした情景が浮かび、更には事件が起きるとなっては、やはり横たわってはいられない。頭の中で次々に展開されていくそれらを今すぐにも書き留めなければ、それらはたちまちのうちに消えてしまうと承知してもいる。

そのときは、耳の穴から溶け出した脳の一部が滴っているような、それ。書き写していく作業は、あたしにとって掌でそれを受けるようなものだろうか。
穴あきのオンボロでいいから文章力のバケツが欲しい。接ぎを当てながら大事に使えば、いつか漏れずにたぷたぷと貯えられるかもしれないし。

エッセイ原稿の下書きを終え、ブルハを仕上げ、作業の進捗は新連載の直しを残すのみ。
呼応というか、感応というか。
あたし、この頃勃ちが悪くなってたんだなあ。勃たなくても知恵と工夫でなんとかなっちゃう中年の夫婦生活みたい。探究心旺盛な童貞にはもう戻れないけれど、すぐ勃つちんちんは失わずにいたいもんです。

  1. 2007/09/24(月) 19:42:43|
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調べものをするうちどうでもいいことに嵌まり込んで朝になってしまった。
さてぼちぼち眠ろうと布団に入ったら、まだずっと先の〆切の原稿の冒頭が浮かんできたので、渋々に起き上がって、これから新たに作業。今日〆切の原稿はまだ一行も書いてないのに。
  1. 2007/09/24(月) 06:47:38|
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うう。

「脳内フェチ」も「前世の脳内」も、なるほどと思ったが。
でも、女子の殆どに当てはまるんじゃ?  

前川麻子の能力
前川麻子戦体
前川麻子高校


バヌアツって、どこ・・・?  
  1. 2007/09/24(月) 01:57:02|
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向き合う相手のこころがわからないのは想像力の欠如、想像力の欠如は思いやりの欠如、もしくは人生経験値の不足。つまりコドモなんだろう。そうとわかってしまうぶん、コドモの相手をして傷つけられるのは、いつでも大人だ。あたしが保母さんになったら園児の一人や二人、とうに絞め殺してるだろうなあ。

経験値の違いは向上心が、価値観の違いは想像力が、趣味の違いは興味が、興味の違いは知性が、知性の違いは礼儀が、それぞれ補うものだと思う。
つまりコドモってのは、大概において無礼だし、自分のそれに気づくことがない。
てことは、馬鹿なんじゃん。あたしがもうちょっとコドモだったら「○○ちゃん、バカだからきらーい。もう遊ばなーい」って言えるのに。

大人は胸を痛めながら、あれこれ考えてしまうのだよ。
  1. 2007/09/21(金) 23:03:59|
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女性像の研究のため、数十年ぶりにananなどを買って読んでみた。内容はほぼ十年前と同じなのだが、それを語るキャラクターが時代相応の人なので、ふむふむと思う。果たしてこの先、塩野七生と植草甚一が語り尽くしたことから進歩するときがあるのかしらん。

桃井章氏が還暦のついでに結婚するんだそうだ。人非人ぶりを証明するかのような若いお嫁さん、よくぞ親御さんが承知なすったもんだと思ってしまうあたしは、もう「そっちの人」じゃないのだなあ。

「浮気心」をテーマにしたエッセイの依頼に、ありすぎるネタから何を書けばよいのか、もしくは何を書かないようにすればいいのか、について悶々。まずは反省と後悔の違いから解説しなければならないのだが、○人○論の読者がそんな屁理屈に頷いてくれるだろうか。正直、恐ろしい。

親方と娘が引越を決めた。徒歩五分の距離での別居は至極快適だったが、今度は電車で四十分はかかる距離。いよいよもって本格的な別居状態、淋しいなあと思うときにふらっと訊ねてきてくれることもなくなるし、お腹を空かせてふらふらと自宅に向かうこともなくなるし、ちょっと洗濯しにきてと娘を呼びつけるのもままならぬ。お互いの自立訓練期間とはいえ大変に不安、といってようやく落ち着き始めた一人暮らしを解消する気はさらさらなく、それぞれ頑張れと思う次第。

ここ数日、ぷらぷらと過ごしていて、実は暇なんじゃないかと気づいた。
貧乏で暇なんだからなんか仕事を見つければいいのだが、暇に任せて考察するあれこれが本業の糧である以上暇を削るのはリスキーだが、暇がある分だけ本業が栄えるでもない。結局、うだうだ理由をつけて怠けている、と自覚する瞬間がなんとも苦痛でいけない。役者の頃からずっと同じ状況にいるんだから、いい加減に乗り越えたい自我なんだけど。


Image0311.jpg

ミドリ君、骨折は完治したのにヒビが回復途中につき、大事をとってギプスは取れず。
  1. 2007/09/20(木) 21:13:58|
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このところの関心は、出稼ぎ肉体労働で見知った某企業についてなのだが、あんまりにもタブーが多過ぎて書けない。書けないが、書きたい。しかし、書けば消される。いや、本気で。
というのも、仕事上で大変にお世話になっている某氏がその企業と深い関係があるとわかったからで、そのことが公になると、何やらまずいんじゃないかという危惧があり、それをバラせばお仕事的に抹殺される恐れすらあるから。いかにもそれはまずい。
ぷんぷん匂う企業のイベントに偶然ながら潜入、社外秘資料の持ち出しに成功、知人が関係していると発覚。もしもあたしがルポライターとかジャーナリストとかなら、職業的野心に燃えるシチュエーションだ。いや、横山秀夫先生とか宮部みゆき先生なら果敢に調査を続けただろう。が、あたしはただの売れない小説家なんである。目をつけられたらひとたまりもない。だから、書かない。しかし書きたい。うう。けどマジ怖くて、ブログにだってもうこれ以上書けない。

ええ、ええ、意気地なしですともさ!

  1. 2007/09/18(火) 03:20:43|
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三日間の出稼ぎ肉体労働から昨夜帰還。横浜アリーナ十周分は走って三キロ減、ぼろぼろで動けません。整体に行きたいよーう。
  1. 2007/09/14(金) 11:16:42|
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