仕事部屋

荷物部屋として近所のアパートを借りることにした、大家さんがアパートの一室を絵のアトリエにしていて、アパート前の路地にも大きな絵が展示されている。木造の風呂なし共同トイレって風情、たまに泊まったりすると色々おセンチになれていいかも。

仕事部屋の窓からは二軒隣の桜の樹がちょうどいい感じで見える、お陰で毎朝何か新しいことしたいような、何もしないでぼんやり過ごしたいような、もやもやっとした気分になる。昨日はみどりちゃんと恵比寿近辺の桜を眺めつつ徘徊、夜は「モグラ町」を観に来てくれたK社の元担当や現担当の編集氏ら三名とリオンで食事、オウでぐだぐだ、帰ったらみどり台風が吹き荒れた跡、あんなに散歩したのに。

いい具合に〆切が迫ってきたし、今日あたり書きたい気分なんだが、こう晴天だとねえ。

  1. 2008/03/28(金) 11:43:13|
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キッチン・ストーリー」!!!!!!!
  1. 2008/03/26(水) 02:47:05|
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コインランドリーを半分残してしまったので仕事しようと思ったんだけど、洗濯してからにしようとリアル・コインランドリーに行って、公園行って、買い物して…などと、のんびりやっていたらあっという間に日が暮れた。

で、早めの夕飯にしようと豚と白菜の味噌汁を大量にこしらえ、ゴボウのきんぴらなどいそいそ作っていたらもう夜だ。
仕事、きっと今日はしないだろう。

友人のブログをまとめ読み、さやかちゃんの文章は面白いし読み易い、是非ともイラストとコラムっていうフィールドに進出したらいいと思う。娘のブログもシリアスで興味深い、文章がけっこう巧くて普通に読み応えがあったりする。

大したことじゃないのだけど、さてどうしようと思っていた事柄、人の助けを乞う勇気とわずかな時間を作ったら、あら不思議、さっくり解決。
助けて欲しいときにしか連絡をしないような大変に失礼なあたしを赦してくれるお友達の皆さん、ほんとにありがとう。こんな付き合い方でも手放さずにいてくれるあなたを誇らしく思うですよ。

そういえば、昨日久々に本屋に入った。リアルでは何も買わなかったのだが、昨夜の夢でヤバいと焦るほど散財した。早く大富豪と出逢いたい。
  1. 2008/03/25(火) 19:19:48|
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日曜は午後から西郷山まで散歩、生グレーハウンドに初めて遭遇、みどりさんの2.5倍くらいの大きさなのにまだ五ヶ月だって、イタグレにしといて良かったなあ、けどやっぱデカイのカッコいい、夕飯はシルバーという友人が働いている駅前の釜飯屋、縄文米で健康になった気分。

ふと気づいた。
あたしの父親は、45で死んだ。あたしは今40で、周囲には45とか50とか60とかの友人がたくさんいる。自分が三十代になったときに「早死にだったんだなあ」と気づいたけれど、昨夜は、あたしは父が30のときの子供だったんだと気づいて「おいおい、オヤジまだ子供じゃん」と思った。30じゃなー、家庭に責任とか保てなくても仕方ねえなーとか、そりゃあれこれ女も作るわなーとか、よく二つの家族を養ってたなーとか、仕事のこともそうだけど、なんだかこれまでとは違う視点で父のことを見られたような気がする。

人が生きている時間に学ぶことや気づくことは、ほんとに無限だと思う。

てことは、あたしはこのまんまでいいんだろうと。
周囲に呆れられ、迷惑をかけ、傲慢に、怠慢に、躁鬱の不安神経症的に、借金まみれに生きていっても、どうってことねえなと。そういう展開になるところが非常に身勝手なのだが、ま、そういう身勝手なあたしでいいんじゃないかと。
なんらかの才能を授かってしまったことは父から与えられた人生の課題だと思うし、それがあるせいで引き受けなければならない事柄がたくさんあったり一般的な幸福には近寄れずにいるようにも感じるけれど、背負うのはそれだけでいいじゃんね、などと開き直る気持ちに、更なる確信を持った気がする。

病床の父が、進路相談をしたあたしに送ってきた手紙の返信に、「父はもうあなたに何もしてあげられないから頼らないでください」と書かれていたことを思い出した。
それを読んだ母は「よくもこんなことを」と傷ついていたようだが、あたしは父を正直な人だと思ったし、はっきり伝えられて救われる思いだった。
まだ45の男がそんな開き直りをしてみせたのかと、愛おしい。と、今は思う。
45で止まってしまったけれど、それまでの間にはあたしの何十倍も何百倍もあれこれの物事を考えたのだろう。
何を感じ、考えたのかを知る由もないけれど、父のやり方は父にとって正しかったのだ。

思えば、「他人に迷惑をかけてはいけない」とは一度も言われたことなく育ったような気がする。「みっともないからやめなさい」とは散々言われた覚えがあるけれど。

40になったあたしも、やはり「みっともない」という感覚に特別な意味を持っている。それがあるから「みっともなくたっていいじゃん」という開き直りに辿り着いた。
しかし、「迷惑をかけてはいけない」という感覚がないあたしには「迷惑かけたっていいじゃん」という感覚もなかった。「いけない」という基準がないから「迷惑」と感じさせることが恐怖だった。それを、「みっともない」に置き換えて、なんとか折り合ってきたんだと思う。

それらを経て、「迷惑」も「みっともない」も、目糞鼻糞のような老廃物として排出し続けるしかないものなのだと諦めがついての今、迷惑をかけることもみっともないことも避けられないままだけど、あたしのやり方は、あたしにとって正しいのだと感じている。

トシを取ると、こうやって頑固になっていくんだな。

  1. 2008/03/24(月) 13:00:43|
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寝る前に観た映画が気持ち悪かったので「おわらない物語~アビバの場合」の再見を追加、午前中に起きて雑用、正午過ぎにみどりちゃん公園で狂ったように走り回る犬を傍観、ぐるっと散歩して帰宅し、昼食と共に「Oiビシクレッタ」、その後再びみどりさんと外出、夕方に戻って掃除やら、夕食と共に「2番目のキス」、「アイ・アム・デビット」にほろり、「愛についてのキンゼイ・レポート」で号泣、原題の「KINSEY」を「愛についてのキンゼイ・レポート」としたのはかなりいいセンスだと思う、「主婦マリーがしたこと」に並ぶいい邦題。
あたしは、美しく正しい愛より、歪んだヨレヨレの愛にぐっとくるらしい、てか人と映画を観ると号泣ポイントがズレてるって笑われることが多いんだけど。
因みにキンゼイでの号泣ポイントは、博士がバスルームで包皮に穴を開けて血垂らしながら「えーん」て泣いてる場面で「えーん」に決壊。だってほんとに「えーん」て泣くんだよ「えーん」て。
  1. 2008/03/23(日) 01:57:33|
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二本分の〆切、ひとまず一本分だけ朝方に送信、来月半ばまで他にないし、残り一本分は月末まででイケるんじゃないかと勝手な目論見を立てていたら、午後から立て続けに打ち合わせやらコレクションショーやらが飛び込んできて、なんだか忙しそうな感じになってきた。

今朝は「プルートで朝食を」に泣いて、犬の散歩の後に「CODE46」でちょっと転寝、夕飯作る前に「Proof」で小川洋子との相違点に首をひねり、茄子のトマトソースでパスタのお伴にアマゾンから届いた「地球で最後のふたり」を再見、食後は「見知らぬ女からの手紙」という予定、それでも手元には残り八枚のDVDがあったりする、ここ三ヶ月ほどアウトプットの一方だったから急速充電。

しかし本を読んでないし、買ってないなあ。
どこかの国の大富豪がじゃじゃーんと現れて、「これから一生、君が欲しいだけ本を買ってあげるよ」って言ってくんないかなあ。
  1. 2008/03/21(金) 20:40:50|
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コインランドリー」、更新しました。

朝っぱらから届いたばかりのSimpson's Movieを、立て続けに二度、最初は吹き替えなしの日本語字幕で、次はテレビ版の声優さんの吹き替えで。

シンプソンズ、初代夫の元妻がうちの娘のためにビデオに録画して送ってくれたのを観たのが最初だった。
アニメだから突拍子もない展開になるけれど、笑わせるディティールに嘘がない。こういう人がやるだろうなってことをやるべきタイミングを外さずにやるから、どのキャラクターにも人としての嘘がなく感じられるし、バカバカしいことにも気持ちよく笑える。

今考えてみると、幼稚園児にこれを観せようと思った初代夫の元妻は、ハイセンスな人だったんだなあ。彼女が生きていたら「モグラ町」にもぴったりだったかもしれない。今さらだけど、もっと彼女を知りたかったと思う。

あたしは、個人的な感情というものが、厄介でしょうがない。自分のも、他人のも。
物事に関わるとき、それが挟み込まれることが、何よりも不快だ。
感情は誰にでもあるし、常に揺れ動いているものだし、自身にとっては何よりも重要な根拠になり得るものだけれど、実際のところは感情ほど不確実で不安定で不透明なものはないわけで、それを恥じることなく見せる人や、疑いなしに感情を基準にして動く人や、感情を尤もらしく振りかざす人が嫌いだ。

感情には正しいとか間違ってるとかの区別がつけられない。理屈が通らない。筋道がない。一方的で、暴力的だ。

感情なんてもんは、全力で抑えてもどうしようもなくうっすら透けてしまうくらいがいい。
抑えようとする人のそれは汲んであげたくもなるけれど、隠そうともしないそれはパンツ穿かないで表を歩くのと同じで、見たくもないものを強制的に見せられるという大変に迷惑なものにしか感じられない。

しかも、そういうことをする人はたいがい、自分のそれをコントロールできないし、他人に理解してもらって当たり前と思っていたりするから、尚のことたちが悪い。
あたしは、他人が内側に隠しておこうとする部分を覗き込みたい性質なので、感情を露にしている人にはあんまり興味が湧かない。躊躇せずに表に出してしまえる感情なんてのは大むね単純なもので、見えているその裏を覗きたい知りたいと感じさせられるほど、複雑であることなど滅多にないし。

そして、他人の感情ってものは、運良く覗けたとしても、100%の理解や共感に結びつくことがない。勿論、思考も同じことなのだけど、物事の道理を理屈に当てはめて納得できるかどうかがせいぜいだろうと思う。だから、物事の道理を一視点で簡単に歪めて、あたかも正論のように化かしてしまう感情は、常に理解の邪魔になる。

勿論、感情を排して生きていたいとは思わないし、あたしにとって個人的な感情は商売道具でそれ以上でもそれ以下でもないから、すり減らないように使いたいとは思うのだけど。

よって、面白いことや楽しいことはみんなで分かち合いたい、という共有幻想にも反吐が出る。面白いことや楽しいことは人それぞれ違うのだから、みんな自分一人で噛み締めてじっくり味わえばいいじゃないか。

分かち合いたい人って、なんだかそういう物事に出逢ったときの理解が浅いように見えるんだよなー。「みんなで分かち合う」ことの楽しさでいっぱいになってしまって、歓びの素をじっくり味わえていないんじゃなかろうか。嬉しいとか楽しいとかっていう自分の感情についての考察が、表面的なままで終わっていやしませんか。

そういう人が、自分の感情の深みを抱えきれなくて、挙げ句に他人にヌケヌケと自分の感情をぶつけるのかもしれない。
自分の感情の本質が自分で掴みきれなければコントロールなんてできないだろうし、それを胸の内に収めておくだけの器も育まれていないから、感情を他人に押しつけて、「誰かわかって、わかってー」と駄々をこねて。

自分だけの理屈を押し通そうとする狂人と、自分の感情を当たり前に振りかざす狂人のどっちかを選んで一生を共にしろと言われれば、あたしは迷いなく前者を選ぶ。
だって、理屈と理屈はぶつけ合って闘えるけど、感情と感情はぶつかればどっちにも傷がつくから。

精神的に未成熟と言ってしまえばそれまでだけど、要は、感情的な人には個としての経験値が少ないんだろう。
個としての経験ってのは、つまり、読書でも映画でも音楽でも、「自分だけが感じ取る何か」の積み重ね、圧倒的な力。他人が共感してくれなくとも自分だけは間違いなくそう感じるっていう、拭っても拭っても落ちない汚れのようなもの。感受性という恥。

個として感じることや考えることが足りていない人は、きっといちいち確かめたいんだろう。折り合わずに喧嘩になってもいいから、感情で他人を傷つけたり傷つけられたりすることで個の存在を証したい、てことなんだろうか。もしや、そういう人には共感が最大の理解だったりするのかもしれない。

多分ね、感受性が強い人は、必要以上に感情を出さないんじゃないかな。
だってしんどいし、うっとうしいし、恥ずかしいもん。

感情ってのはコップの水に入れた硬貨みたいなもんかね。
一円玉は軽い分、上がったり下がったり、いっつも水面でちらちらしてさ。
十円玉は沈むからなあ。そんで、それを曝そうと思ったら、ざばーっとコップの水を全部空けないとならん。そうすると、また空のコップに一滴ずつ個の感性を溜めていかなきゃならないでしょ。だから、十円見せるのが、しんどい。

底に沈んだ硬貨を確かめなくたって、コップの表面の、さざなみでいいんだよね。
さざなみで、揺れてるなってわかれば、十円か百円か五百円かわかんなくてもね。
一円玉ぷかぷかしてると、「けっ、一円じゃん」って 笑

ま、つまり、感情見えなくてヘラヘラしてる人がいい。
そういう人がヘラヘラしながら「悔しいんだよなあ」とか言うと「へえ」ってなる。
あたしは、そういう人を面白いと思う。
しかしながら、そういう人物を小説で描くのはまっこと困難なのだ。
  1. 2008/03/19(水) 19:56:31|
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実は今まで一度も浅野忠信をよいと思ったことがなかったのだけど、「地球で最後のふたり」はちょっといい具合だったなあ。映像の豊穣さは言うまでもないのだけど、ホンとキャスティング、上手だと思う。「世界」といい「地球で~」といい、アジアは孤独に傾いているのかもしれない。
  1. 2008/03/19(水) 04:02:51|
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長期に渡る留守番ストレスから未だ立ち直りきれていないみどりさん、昨日、数時間打ち合わせで出かけただけで、こんなことをする 泣

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あんまりだと思うよ…

打ち合わせは、とあるクリエーター氏で、「モグラ町」の稽古中に偶然YouYubeで氏の作品を見たあたしが「是非モグラ町を題材に!」とコンタクトしたところ、公演を観に来て下さって、幸運な出逢いが実現。
てことで、「モグラ町」、長篇アニメ化。に向けてじりじり始動、自主制作版につき公開は未定。

  1. 2008/03/18(火) 09:50:38|
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マキとワイトロックベイビーズのライブで久々のWastedTime、メンバーは皆「モグラ町」に来てくれていたので芝居のことや音楽のことなどちょこちょこ、帰りに丸亀でうどんと天婦羅、マキとは稽古中あんまり話さなかったから、普通に雑談するのが楽しい。ええトシした女どもが夜中にうどんと天婦羅なんてちょっとイケてる感じがするんですが、気のせいですか。
  1. 2008/03/17(月) 14:34:43|
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