仕事部屋

ライブ終了、遊びに来て下さった方、ありがとうございました。
今回のテーマは、酒量コントロールとマイクに口をぶつけないこと、ま、リハでは飲んだし口もぶつけたけど、今まで得られなかった楽しみの入り口が見えた感があり自己満足度は上々、とどのつまりは酔っ払ってちゃいかんてことのよう。当たり前ですか。スイマセン。

この日は午後のリハからずっとみどりさんが同席、周波数の問題なのか、パーカッション3人分の音量は平気らしく、クボちゃんが「ちゃらんちゃらん」と何やら鳴らすのとかフジッコのスネアのロールとかを興味深そうに見物しつつ基本すやすやと膝の上で、そのまんま本番やってもよかったんじゃないかと思う。犬を膝に乗せてのリハは大変に暑苦しいのだが、人間じゃないメンバーがいるバンドってのもイケるんじゃないかしら、但しスタジオには入れてもらえない。

翌日曜はみどりちゃん公園と代官山~中目黒コースの長距離散歩、最後にまた暗くなったみどりちゃん公園と大サービスして、こちらもくたくた。
ぐずぐず〆切延ばしてもらっている原稿ネタを転がしながら今日は家事一般に集中、世の中がなんとなく静かな気がするのはぼちぼち連休が始まったせいか、ビッグカメラに買い物に行きたいのだが渋谷は混雑してそうで嫌だなあ、何より連休に突入してしまう前にどうしても整体に行かねばならない、週末から偏頭痛治まらず。

さて、ともあれ日常、そして平常心。
  1. 2008/04/28(月) 12:57:30|
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12時間後にはリハ。

★4月26日(土)@渋谷 WastedTime
※渋谷駅ハチ公前から西武デパートA館とB館の間の道(井の頭通り)を入り、二股の交番を右に流れた少し先、キリンシティーの隣のビル、地下一階。サンマルク・カフェの向かい側。
★adv 2500yen / door 2700yen
※予約1500円(当日1700円) と、2order(500円のドリンクチケット2枚)を、あらかじめ購入して戴くシステムです。ちょいと割高になりますが、当日ふらっとでもお入り戴けます。
★18:30open 19:30start  

出演/ 青谷明日香(minjah) / 森の人 / ヤポンチカ ←コレ。出番は 21:00くらい。

超かっちょいいバンドminjahからヴォーカルの青谷さんがソロで登場。
森の人はぐっとくるアコースティック。

ゆっくりお酒舐めながら楽しんで下さい。
渋谷でお待ちしております!
  1. 2008/04/26(土) 00:46:03|
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昨夜はケラさんのソロ・アコースティックを見物しに娘と代官山、ソロといってもバンドがいるし、アコースティックといっても本人はいつも通り歌うだけでバンドでも親方はエレベなのだが、まあ、そういうことなんだろう、もちろん会場はSOLD OUT、2時間ちょっとのステージで有頂天やロンバケの懐かしい曲が続々、斉藤ネコのヴァイオリンのハジケっぷりに、初めてヴァイオリンを面白いと思った。親方にとっても久々のライブ、やっぱりベース弾いてる親方はカッコいいやね。

ケラさんと話すのも二年ぶりくらいじゃなかったか、「いろんな旦那さんに御世話になってます」と言われたが、親方と娘は明日夜の「どん底」に行くらしい、飲めない娘はライブ終わりで先に帰宅、みのすけにも会ったけれどこれまたライブぶりだったしゆっくり話せたのは三年ぶりくらい、飲み途中で寅蔵も現れたし、そもそも親方とも正月ぶりに会ったもんでハシャギっぱなしの喋りっぱなし。

それにしても、会社やって劇作家やって演出家やって座長やって映画監督やってアーティストやってと相変わらず殺人的な忙しさの中にいながら「昔は全部一人でやってたからね」とライブの仕切りも全部一人でやっているんだから、ケラは超人だ。
ケラさんに会うと、あたしはいつも自分の基準をリセットしたくなる。
  1. 2008/04/24(木) 11:34:46|
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実際のところ、朝早くに起きて細かい仕事をやって、午後からは鉢植えに水やって葉っぱの手入れをして、犬の散歩して買い物して洗濯して、クロゼットや押し入れの整理をして、掃除して、荷物部屋に不要品を運び込んで荷物部屋の片付けをして、夜はゆっくりのんびりスープを作って、DVDで映画を観て、夜中まで本を読んで眠る、それだけのことで、これまでにないほどの深い眠りを得られ、体調を取り戻した。

煩わしいことはまだいくつもあるけれど、思考はつまり、思考のためのものであって、解決のためのものではなく、後回しにしがちな生活の雑事がタバコの煙のようにあたしを取り巻いて、新鮮な空気や外向を遮っていたんだなあ。

つくづく暮らしは大切だ。
日常の雑事を祖末にする人に、自分以外の誰かや仕事や志を大切にできるとは思えない。

贅沢をする必要はないけれど、必要な栄養を採ることや、味わうこと、料理をする人や食事をする場所への敬意と感謝を示して、食事を楽しむこと。
着飾る必要はないけれど、身だしなみを清潔に整えることや、自分に似合う服を探すこと、伴う相手と場所を考えて相応しく装うこと。
物を揃える必要はないけれど、効率よく動くための環境を整えることや、快適な睡眠を得ること、ささやかな歓びを日常から見出すこと。
「衣食住」とはよく言ったもんだ。

人のすべてはその上に乗っかっている。

あたしはすぐにお金を使ってしまう性質だからとても堅実には暮らせないけれど、たとえば「死ぬ」ことも生きることの一部に違いないと思えるし、生きることには誠実でありたいと思う。

きっと、生きることについて真摯になれるのは、死ぬことを考えるからなんだろうね。

「うつ」の状態は、傷口の膿みと同じで、生きるために必要なことなんだろう。
自分の中の何かが闘っているんだなあと思うから、ひたすら耐えるしかない。
膿みが出てかさぶたが乾くまでをじっと耐えて、傷が治れば、本当に大切なのは、「しなければならないこと」じゃなくて、「できること」なんだって気づく。
あたしは、そうやって周期的に、暮らすことに立ち向かっているような気がする。

自分の暮らしに向き合えないのは、時間やお金のせいじゃない。
暮らしの中の一つ一つは単純な雑作だけど、それらをきちんと束ねて結んで手元にしっかり握っていることはそれほど簡単なことじゃないし、結局のところ、お金や時間を言い訳にして暮らすことから逃げているんだと思う。
それって、「そんなことより他にやるべきことがある」という思い込みのもとに、生きることから逃げているんじゃないか。

だって、お金や時間があるからといって、暮らしが変わるわけではないでしょ。
暮らしを変えることができるのは、お金や時間の使い方であって、それそのものじゃないんだから。
「ああ、何もできてないなあ」とか、「誰のことも大事にできていないなあ」と気づいても、いつか時間ができたらお金ができたらと、そのまま放置しても、やっぱりいつまでもどうにもならない気がする。
今だって、お金や時間がないわけではないのだしね。

言い訳して放置して逃げ回って、いつかやっと自由になったような気がして、苦い気持ちで失ってきたものを取り戻そうとするときには、それらはもう自分のものにはならないかもしれない。自分が「生きること」から見放されているかもしれないから。

どんなときにも、絶対に見失ったり手放してしまってはいけないものがあるんだよ。

暮らすこと、生きること、「自分」であること。

このまま年老いていって、人生の最後の一日に、自分が何をしているだろうと考えて、やってないだろうなあと思うことは、きっとあたしの人生の枝葉なんだよね。
枝葉だから、切ってもまたすぐに芽吹く。
根に、きちんと栄養が行き渡って、たっぷりの水と光を絶やさずにいれば。

人生最後の日に、あたしは何をしているかな。
言葉は書いているかもしれないけど、小説じゃないかもしれない。
舞台には立っていないかもしれないけど、客席にはいるかもしれない。
そして、きっと、そのときには一人ではないだろう。

生きるときは孤独でも、生きることは孤独じゃないもんな。

だらだらこんなこと書いていて、うっかり鍋を焦がしても、一晩かけてもコゲ鍋をぴかぴかに磨き上げることが、生きることなんだよ、きっと。



  1. 2008/04/23(水) 15:53:04|
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いきること。

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空を見上げたり。
犬を撫でたり。
走ったり。
美味しいものを食べたり。
せっけんを買ったり。
誰かを想ったり。
くよくよ考えたり。
新聞を読んだり。
手紙を書いたり。
約束を守ったり。
花を飾ったり。
靴を磨いたり。
着替えたり。

まいにちをしくじっても、眠って目覚めて、また始まる。

一日が永くなるほど、生きるのが遅くなる。
寝る子は育つと言うではないか。

生きることは、大切なこと。



  1. 2008/04/22(火) 05:16:51|
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モグラ前、モグラ後。

昨夜は、塩野谷さんや宮島さん、チー坊の出ている「犬婿入り」を観にシアターXへ、龍さんやらカッシーはモグラぶり、有園の顔が久々に見られて楽しくマッコリで焼き肉。

ふと思ったのだけど、モグラ以前は塩野谷さんと芝居のことを話していても一般的なあれこれについてお互いの意見を言う感じだったのが、モグラ以降は芝居に関する個人的なあれこれをお互いに話せるようになった気がする。ようやく信頼を得たってことかしらね。

しかし、彼らの顔を見ると、もしくは芝居の話をすると、どこかほっとして、とても気持ちが楽になって、深呼吸できる感覚…というのは変わらない。
映画の人たちとたまに会って話すときにも似たような感覚になるけれど、そっちはもっと扇情的な刺激で、モグラ系の感覚は本当に自分がほどけていく感じ。
残念ながら、つくづく自分がそこに生きていたのだと思わさせられる。

チー坊こと重田千穂子さんとワークショップの話になったとき、「今普通にお芝居ができる環境にいる人こそ、そういうところにどんどん参加すべきなのよね」と話してくれ、うんうんと頷いた。
こと芝居の連中ってのは、トシと経験を重ねるごとに、どんどん柔軟に、貪欲に、アクティブに、謙虚になっていく気がする。
そういう世界に育ったから、そこを少し離れたときに、周囲の大人たちがまったくその逆だってことに気づいて、びっくりしたんだけれど。
若くて経験値の少ない人ほど、頑なで臆病で逃げ腰で、むやみに自意識が強いのは、突つかれると壊れてしまう程度の自分しか持っていないからだろうけれど、年齢とともにその殻が剥がれてきた、というそれだけではない、もっと真摯なものに思える。
塩野谷さん曰く「死ぬまでやれるわけじゃないからね。体が動くうち、呼んでくれる人がいるうちに、なんでもやってみたいと思うようになったね」。
ほんとにまったくその通りなのに、どうして世の中の至極真っ当な人たちは、そういうことに問題意識がないのかね。気づいたときには何もできなくなっているかもしれないのに。

てことで、ワークショップでは経験や志望を問わず、真摯な問題意識のある方の参加をお待ちしています。まだ定員に達していませんので、少人数グループでの参加も可能です。
来月になったらもう少し宣伝強化するので、迷っている方はお早めに!


さて今日は曇り空ながらも暖かかったので、泊まりにきていた娘をバイトに送り出してからみどりちゃん公園で独占ドッグラン仕様、桜はすっかり葉桜だったが、雑草がぼうぼう伸びていて緑地公園たる楽しみがある。

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そういえば、昔、駒沢に住んでいた頃にも駒沢公園より駒沢緑地公園の方が好きで、よくぶらぶらしに行っていた。
なんでか知らないけど公園の真ん中にカモノハシの像があるのでカモノハシ公園と呼んでいて、小さな植物園なんかもあって、桜の樹もたくさんあって、素敵なところだったのだけど、どうして駒沢にカモノハシなのか。
  1. 2008/04/20(日) 14:33:12|
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蕪と鶏肉とセロリと人参と新じゃがをコンソメで煮てポトフ、残ったのにトマト缶をくわえご飯にかけてリゾット、そのトマト煮の残りにバターで炒めた玉ねぎとカレーのルウを入れてチキンカレー。
  1. 2008/04/19(土) 14:16:03|
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コインランドリー、更新されていました。
  1. 2008/04/18(金) 23:57:37|
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ヤポンチカの練習、全員揃うと、コンガが3セットで壮観!
いよいよ来週となりました。どうか遊びに来てください。

4月26日(土)@渋谷 WastedTime
 ※渋谷駅ハチ公前から西武デパートA館とB館の間の道(井の頭通り)を入り、二股の交番を右に流れた少し先、キリンシティーの隣のビル、地下一階。サンマルク・カフェの向かい側。
adv 2500yen / door 2700yen
 ※予約1500円(当日1700円) と、2order(500円のドリンクチケット2枚)を、あらかじめ購入して戴くシステムです。
18:30open 19:30start  
 出演/ 青谷明日香(minjah) / 森の人 / ヤポンチカ ←コレ。出番は 21:00くらい。


他には医者に行ったり、お仕事の打ち合わせしたり、久々に康造やドライド・ボニートのライブに出かけたりのあれこれ。
鰹節のお二人はなかなかの読書家で、本の話題になったら、二人とも鞄から今読んでる本を出して見せてくれた。些細なことだけど、この頃、そういう人種と余り関わっていなかったせいか、むしょうに感動しました。

やっぱりあたし、本を読まない人種、嫌いです。
確かに今どき、本でなくとも必要な情報や知的好奇心を満たす手段は便利なものが色々あるけれど、その中でも、本を読むという習慣を維持できる暮らし方が大事なんだと思う。
携帯小説も、ウェブマガジンも、みんなそれぞれ別のものとして、紙に触れて重みを感じて頁を繰るとか匂いを嗅ぐとかの、そういう時間。
ま、映画館然り、LPレコード然りなのだけど、接し方が多様に手軽になるほど、得られるものも減ってしまっている気がしてしまう。費やす時間と手間の分だけ、自分のものになる感じがあるからかなあ。

ということで、どうか時間を費やして、関わり合いに来てください。
精一杯でやってます 笑
  1. 2008/04/18(金) 11:09:50|
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夫やら、恋人やら。

今月に入ってからハイペースで個人練習、新曲3曲とリベンジ選曲、飲まずに歌うと「声が出てない」と言われます 泣

うつの波は上がったり下がったり、実家の犬息子にもテレパシーでうつが感染したらしい、カバカバ飲ませとくか、同居のみどりさんは元気なのになあ、犬にもそういった資質というものがあるんでしょう。犬息子を心配して電話してくれた親方、「あなたのことが恋しいんだと思うよ」って、わはは、それは犬息子のことじゃないんじゃないか、たまにはデートなんぞしたいもんですな。

結局のところ、「大丈夫?」という心配も「頑張ってね」という励ましも、一番素直に受けられるのは親方の言葉だなあと思う。
こと趣味とあたし自身のことに関してはどんな親友よりボーイフレンドより親方の理解と感性が一番しっくりくるし、別居して一番淋しいのは一緒に映画が観られないことだなあ。
一人暮らしと考えて勘定するとあっという間に時が過ぎた気がするのに、別居と考えて振り返るとやたらに時間経過を遅く感じる不思議、それでも現状快適なんだから仕方ないやね。

別居結婚は、ずっと昔から理想の形だった。
初めて求婚されたハタチくらいのとき、「籍は入れて、別居のままがいい」と言ったら「それじゃダメだ」と言われて婚約解消したんだった。
小説に書くのは血がつながっていないとかの寄せ集め的な、それぞれが選択した場所や役割としての家族・結婚だけれど、それはそれでまた別の理想というか憧れというか、歪なリアリティーに感じている。あたしもインド人の養子が欲しいよ。
果たしてあたしの根底にはどんな問題が潜んでいるのやらとは思うけど、それだって実現できるんだから、素晴らしい。

こんな身勝手をとりあえずながらも許容してくれる親方の存在は、あたしにとって家族の定義そのものだと思う。器がデカ過ぎて親方一人で大家族な感じがする「一人大家族」、あれこれの負担をかけていることは承知だけれど、あたしには莫大な財産に違いない。
親方、ジャパニーズ・ヴィンテージのベースをリペア販売する仕事を始めたそうですよ。きっと「自分のやり方」というものを見つけるのが上手な人なんだな。
一緒に暮らしていると、どうしても自己主張の強さにおいて「あたしのやり方」が先だってしまって不器用さに苛立ったりもしたけれど、適切な距離を置いて眺めればそこが歪みだなあとわかるし、尊敬や信頼が揺らがないと確かめられたことも、より「家族」だの「夫婦」だのについて感じることの柱になっている。

いつだったか寅蔵に「あんた、やってることおかしいよ」と言われて、「いいじゃん、親方がそれでいいって言ってくれてんだから」と言ったら「そりゃそうだけど、それもおかしい」と、にこやかに頷いていた。
まさしく、そこいらが夫婦の真理って奴で。
みのすけには「お前にはちょっと話がある」と凄まれたけど、きっと親方を案じる人たちはみんなあたしに物申したいんだろうし、だとしてもやっぱり誰も何も言わないあたりも、世間の中での夫婦を考えたときの真理かもしれない。

恋人との、結婚したり同棲したりしない交際がかれこれ一年以上に渡って継続していることも、あたしにとっては奇跡的だったりするのだが、こちらはこちらでそれなりにエネルギーを消費してもいて、楽チンにウキウキのほほんとはいかない。そうはいかないってところの面白さと、こういう形なりの責任が見えているうちは、きっと続くんだろう。

ま、どちらも、あたしにとってのテーマは距離感てことだなあ。
だって自分の人生はやめらんないじゃん。そりゃ、たまにはうんざりもするけれど。

親方との馴初めを書いた短編「ミルフイユ」が収録されているアンソロジー「Love Letter」が、4/10に幻冬舎文庫より刊行。
  1. 2008/04/11(金) 01:29:29|
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