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仕事部屋

夫やら、恋人やら。

今月に入ってからハイペースで個人練習、新曲3曲とリベンジ選曲、飲まずに歌うと「声が出てない」と言われます 泣

うつの波は上がったり下がったり、実家の犬息子にもテレパシーでうつが感染したらしい、カバカバ飲ませとくか、同居のみどりさんは元気なのになあ、犬にもそういった資質というものがあるんでしょう。犬息子を心配して電話してくれた親方、「あなたのことが恋しいんだと思うよ」って、わはは、それは犬息子のことじゃないんじゃないか、たまにはデートなんぞしたいもんですな。

結局のところ、「大丈夫?」という心配も「頑張ってね」という励ましも、一番素直に受けられるのは親方の言葉だなあと思う。
こと趣味とあたし自身のことに関してはどんな親友よりボーイフレンドより親方の理解と感性が一番しっくりくるし、別居して一番淋しいのは一緒に映画が観られないことだなあ。
一人暮らしと考えて勘定するとあっという間に時が過ぎた気がするのに、別居と考えて振り返るとやたらに時間経過を遅く感じる不思議、それでも現状快適なんだから仕方ないやね。

別居結婚は、ずっと昔から理想の形だった。
初めて求婚されたハタチくらいのとき、「籍は入れて、別居のままがいい」と言ったら「それじゃダメだ」と言われて婚約解消したんだった。
小説に書くのは血がつながっていないとかの寄せ集め的な、それぞれが選択した場所や役割としての家族・結婚だけれど、それはそれでまた別の理想というか憧れというか、歪なリアリティーに感じている。あたしもインド人の養子が欲しいよ。
果たしてあたしの根底にはどんな問題が潜んでいるのやらとは思うけど、それだって実現できるんだから、素晴らしい。

こんな身勝手をとりあえずながらも許容してくれる親方の存在は、あたしにとって家族の定義そのものだと思う。器がデカ過ぎて親方一人で大家族な感じがする「一人大家族」、あれこれの負担をかけていることは承知だけれど、あたしには莫大な財産に違いない。
親方、ジャパニーズ・ヴィンテージのベースをリペア販売する仕事を始めたそうですよ。きっと「自分のやり方」というものを見つけるのが上手な人なんだな。
一緒に暮らしていると、どうしても自己主張の強さにおいて「あたしのやり方」が先だってしまって不器用さに苛立ったりもしたけれど、適切な距離を置いて眺めればそこが歪みだなあとわかるし、尊敬や信頼が揺らがないと確かめられたことも、より「家族」だの「夫婦」だのについて感じることの柱になっている。

いつだったか寅蔵に「あんた、やってることおかしいよ」と言われて、「いいじゃん、親方がそれでいいって言ってくれてんだから」と言ったら「そりゃそうだけど、それもおかしい」と、にこやかに頷いていた。
まさしく、そこいらが夫婦の真理って奴で。
みのすけには「お前にはちょっと話がある」と凄まれたけど、きっと親方を案じる人たちはみんなあたしに物申したいんだろうし、だとしてもやっぱり誰も何も言わないあたりも、世間の中での夫婦を考えたときの真理かもしれない。

恋人との、結婚したり同棲したりしない交際がかれこれ一年以上に渡って継続していることも、あたしにとっては奇跡的だったりするのだが、こちらはこちらでそれなりにエネルギーを消費してもいて、楽チンにウキウキのほほんとはいかない。そうはいかないってところの面白さと、こういう形なりの責任が見えているうちは、きっと続くんだろう。

ま、どちらも、あたしにとってのテーマは距離感てことだなあ。
だって自分の人生はやめらんないじゃん。そりゃ、たまにはうんざりもするけれど。

親方との馴初めを書いた短編「ミルフイユ」が収録されているアンソロジー「Love Letter」が、4/10に幻冬舎文庫より刊行。
  1. 2008/04/11(金) 01:29:29|
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