仕事部屋

私がタバコを吸う理由。

言葉にできないもやもやした怖いもの、なんでもないと言えばなんでもないのに、なんだろうと突き始めると際限なく膨らんでしまう、今に限ったことじゃなくいつでもそういう種はあって、ちょっとしたことでしゅんと窄んで気にせずに済むのに、タイミングって奴なのか、独りぼんやり寝たり起きたりで日常のあれこれをのろのろこなしているような時には無意識にどこかで触れていて、眠る前のこんな時間に、横たわった身体にみっしりとのしかかってくるのがわかって飛び起きてしまう、この恐怖はなんだろう何が怖いんだろう何故怖がるのだろうと考え始めて振り出しに戻る、未来を打ち消しながら日々を過ごす癖は子どもの頃からだ、当たり前に想像できないから先へ先へとすべきことの予定を継ぎ足してぎりぎり絶望せずにいる、不意に途切れたこういう時間が一番怖い、私のことをせっかちのように言うけれど、確かにそういう資質でもあるけれど、じっくり時間をかけたいことにもジリジリしてしまうのはそのせいじゃなく、こういう不要な恐怖を飲み込むことにくたびれ果てたくないからで、せかせかと物事の変化に飲み込まれる方がずっと楽に過ごせるからで、少しでも物事が進めばその分くらいは未来を継ぎ剥いでいけるからで、だからってその為にどうこうしろということではないけれど、つまりまあ仰る通りせっかちなわけですがそれはこの種のせいですと解説したところで何も変わらないとも承知している、言葉を飲み込んでいるとそれが別の種を根付かせてしまう気がして、ただこうして吐き出すのだ、ココロは時に砂漠のようなのに暇に任せてあちこちが芽吹き、みるみる繁って自分を見失い、やがて荒れ野になることを繰り返す、なんてことを今こうして書いていても自分の言葉のようには思えない、本当に吐き出したいことは他にあってこんなことじゃないのに、書けないんなら書かなきゃいいのに、無駄なことばかりに文字を使って言いたいことが一つも言えない、言葉にできずにいる何かが喉を塞いで息が浅い、そうか、だから私はタバコばっかり吸うんだな、言葉を吐き出す代わりに、煙を。



9月の「愛のゆくえ(仮)」トライアル最終回、映画「愛のゆくえ(仮)」の先行上映があります。
35名さま限定。詳細・ご予約は bit.ly/TRIAL_aikari にてご確認ください。


  1. 2012/07/22(日) 02:46:42|
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罪人。

うかうかしている間に、愛仮映画班カズPは虎視眈々と、今朝の新聞と言われて夕方にレジ前からすでに引き上げられたそれを入手して、iPhoneに齧りついて、世の中というものの面白さ、恐ろしさ、愛おしさを噛みしめながら、ACC終わりで映画班会議に合流して、「映画撮れば叩かれるし飲み屋にいれば殴られるし」の監督や、「政治思想のある団体に平田代わりに刺されるのは女に刺されるよりマシだろう」相手役を茶化しながらの作戦会議、炎上の根源は観る気のない人々で、そういう人たちに「観てから言え」とは言えないことがわかっているからこそ、さあどうする、この先どれだけの人たちを映画館に連れてくるとあれやこれやで雷雨をやり過ごす、誤解を恐れずに言えば、カズPは反響の大きさにご満悦だし、監督は吊るし上げ覚悟ながらビビってはいるけれど、ブレないもの確かめれば論ずるものなし、言われる覚悟がなかったわけじゃなし今更、と励まし合って緩めの会議を終え帰宅、Twitterに向けて言葉を整えるも本質は透けるんだろう、「それでも観ます」と言ってくれる未確定の観客を信じるのみ、映画だって芝居だって誰にも覚悟などなく作れる時代だから、我々だって淘汰されればいいじゃないかに頷きつつ涙目の監督、あんたをまっすぐ歩かせるため我々は今ここにいると知らせるための深酒、どう答えが出ようが、打って出るしかないときってのがあるじゃないか、あれが嫌いこれはダメと審判下す人にだって誰かへのそういう思いはあるだろう、メディアの拡大鏡はそれを見失わせる、だからこそ利用価値もある、利用できるとは到底思わないけれど、関心ないだろう相手役の分と私は新聞を二部購入した、誰が笑うにしろ渡す頃には誰かが笑っているはず、世の中に敵対するたった一人だっていい、誰かが笑えれば、何かを創るってことだけなら、人生やり直す引越資金を注ぎ込んだカズPが笑わなくても、私はいつかこの騒動に笑うだろう。


AyDGWS2CAAIdYnI.jpg18日付東京中日スポーツ




映画「愛のゆくえ(仮)」公式サイトはこちら。
エンゲキ「愛のゆくえ(仮)」もコツコツと。
先日の公開稽古画像、公開中。




  1. 2012/07/19(木) 04:36:33|
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人にはそれぞれの寄り添い方がある。

理由あって凹みかけ、twitterでぼやいたり沈思黙考したり日報で愚痴ったり、最初はからかい過ぎて私を怒らせた、ついこないだの時には掌握できずに見逃して株を取られた、次があればこうしようと思っていたのか大変迅速かつ的確なるフォロー、泣いて笑って安らいで落ちずに済んだ、言葉にしないことをたくさん盗んで些細なことに「ははあ、なるほど」と今更の納得、ちょっと前はいちいち言葉にするようなところもあったのに、言葉がなくなるのは理由がいらなくなったからなのかもしれない、知るってことはデータの項目を埋めることじゃなくてこうした約しい断片を紡ぐことでしかないんだなあ、1年前の同じ日に誰とどこにいたのかを思い出すとき、きっと同じことを思ったのだ、オトナになると時間の流れがどんどん早くなるものだけど、セセラギめいたこの時間がゆっくり静かに束ねられていつかは海になるだろう面白さ、人から受ける優しさは、その人が欲する優しさなのだと思うから、痛むときは学ぶとき、模索し続ける部分もまだまだ残っているけれど、すっかり承知で反応できる部分もそれなりに嵩んでる、昔から「付き合う」ってなんだろうと理解できずにいたけれど、付き合うんじゃなくて寄り添うんでいいんじゃないかと、目前の即答にちりっと痛んだことはナイショにして、ちょっと甘めの覚悟か深読みの推察か、こういうのいいな、こういうのがいいな、穏やかに緩やかに日常に戻って、再びのタフモード。


  1. 2012/07/17(火) 03:35:55|
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「コルセット」公演終了。

たくさんの方の暖かい励ましとご助力の中、無事に千秋楽を迎えることができました。
ご来場下さった皆さん、お気にかけて下さった皆さん、ありがとうございました。

「あるスキャンダルの覚え書き」という奥深い味わいの映画作品に出会い、ゾーイ・ヘラーの同題原作を読んだのが五年ほど前、その頃には芝居にしようなんて思っていなかったはずだけど、いざ芝居として立ち上げてみると、やりたかったのはゾーイ・ヘラーの視点だったのだと気付いた。
基になった事件よりも、その事件から、事件には直接に関係しない中年女の妄想や孤独の物語を生み出したゾーイ・ヘラーという女性作家の思考が不気味で興味深かった。

そうとは意識せずに「コルセット」を書いたのだけど、舞台の上にのっかった「コルセット」を客席で観るうち、伊佐山ひろ子が演じた谷口先生という役が、「あるスキャンダルの覚え書き」に登場するバーバラという中年女教師より、ゾーイ・ヘラーにより近く存在しているように見え、ようやく自分の視点に思い当たった。
そのこと自体は、自分のホンを如何に解釈できていないかという反省でもあるけれど、役者がその身体と存在からホンを立ち上げてくれたことには改めて深い感謝を覚えた。

教え子と関係を持って派手なスキャンダルを巻き起こした40代の女性教師シバを、あか抜けない60代の同僚教師バーバラだけが庇い、世話をやく。
シバはバーバラを頼り、大切な友人として信頼を寄せる。
一方でバーバラはそのスキャンダルの全容を、シバからの伝聞によって密かに書き綴った。
バーバラの日記帳は、シバの語った言葉で埋め尽くされている。
隠されていたそれを読んだシバは怒り狂い、バーバラを詰る。

「あるスキャンダルの覚え書き」にある、シバが起こしたスキャンダルをバーバラが書き綴る、という判り易い図式が、「コルセット」では複雑に重層化されている。

柴田先生の不名誉な噂話について同僚たちが証言をするが、それはすべて柴田先生の親友と思われていた谷口先生による情報操作であり、実際のところ教師らしからぬ不適切な行為を犯していたのは噂を流した谷口先生自身であると明かされる。
その事実を暴き出すのは、谷口先生が密かな愉しみとして書き綴っていた妄想日記だ。
その日記は、「柴田先生の日記」としてねつ造された、谷口先生自身の創作である。
自分自身の行動を柴田先生の行動にすり替えて書き綴っていたということになる。
谷口先生は、その創作日記を真実にすり替えるが如く、柴田先生の噂を立てたのだ。
噂の中で孤立していく柴田先生に自分一人が変わらず接し、かけがえのない友人となるために。

自分の物語として受け入れられないような出来事。
そんな出来事でもないよりはましな人生。
誰かに注目されたいという孤独。
捩じれた自己愛を慰める妄想。

原作に描かれたバーバラから私はそんなものを抽出していたんだろう。
それを、ゾーイ・ヘラーという女性作家に重ねたところに、「コルセット」の谷口先生が生まれた。

ランダムハウス講談社の文庫本にある訳者あとがきには【バーバラは「これは、わたしの物語ではない」と言う。そのことでむしろ鮮烈に、これがシバならぬバーバラの物語であることが、そして、信用できない語り手によって語られることが印象づけられる。】とあり、極端にいえば「コルセット」はこの一文のみを忠実に舞台化した。

書くことの特権と後ろ暗さ。
後ろ暗さ故の悦び。

伊佐山ひろ子という女優が素晴らしい作家であることも、「コルセット」が出来上がった要素の一つではあるけれど、だとしたら、ゾーイ・ヘラーと私と伊佐山ひろ子は、「コルセット」においてこそこそした孤独な悦びを共有していたのかもしれない。



明日は「愛のゆくえ(仮)」トライアル



  1. 2012/07/11(水) 03:51:00|
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ミョウセイさんのこと。

双数姉妹を観たのはいつだったっけか。

当時、看板女優は2人いて、一人が明星さんで、もう一人は確か苅部さんといった。
苅部さんの方がいかにも看板らしい看板女優だったけど、私は明星さんの方がお気に入りで、一度会いたいと連絡して会ったとき、苅部さんは好みじゃないんですとずいぶん失礼なことを言ったのだけど、明星さんは大らかに「あっはっは」と笑ってくれた。

どこか事務所に紹介したくてナレーションの素材を録音させて貰ったこともあったような気がするけれど、その後、芝居をやめたらしいと聞いて、愕然とした。
その情報は不確かで、でも氣志團のマネージャーになったと知ったときには、なんだか「それはいいなあ」と思ったのだ。

好きなものにまっしぐらになって、全部放り出してしまえるようなところが、あるんだろう。
個人的に連絡を取り合うような間柄ではないので、明星さんの人生に何があったのかは知らないけれど、次にはコクーンの「三文オペラ」で、女優の明星さんを観た。
観られて嬉しかった。

今回のコルセットでの役は、キャスティングに難航した。
あれやこれやの女優さんの名前が出て、消えて、また出て、なんだかなあな時期があった。
プロデューサーの出す名前はぴんと来ず、私の出す名前はプロデューサーにしっくりこず、演出家としての私の名前は力が足りなさ過ぎて、出演交渉はなかなかうまくいかなかった。

明星さんの名前が出たとき、プロデューサーと私は大盛り上がりだった。
2人とも大好きな女優さんだった。

がっしりと大地を踏みしめて立っているようで、どこかふわふわと別世界に生きているような。
すっごく大きい綿菓子みたいな人だと思っている。
なんたって姿が美しい。
地団駄を踏ませたくなる。

美しい美術教師というぼやっとイメージしていた役柄にぴったりだった。
というよりも、明星さんならと考えたとき、初めて、あの役のキャラクターが見えてきたのだ。
だけど、事務所のOKが出ないんじゃないかという不安があった。
ホンもできてない企画に大事な女優を送り出してくれる事務所はそうそうない。
OKを貰って、明星さん自身より事務所の方々の期待がみっしり伝わってきた。

明星さんに出てもらえてよかった。
一緒にやれる機会が貰えてとても嬉しい。
いつもの明星さんとはかなり違う役だけど、とても明星さんらしいと私は思っている。
それに、「コルセット」のコヤで、彼女の一生に残るだろう出来事の欠片を共有できるんだなあと思うとわくわくする。

明星さんは、美しさに頼った立ち方をしないところが、とてもいい。



コルセット、本日夜の回の終演後に明星さんとトークします。ゲストは清水宏さん!

  1. 2012/07/05(木) 12:00:25|
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松永ベイベーのこと。

初日を明日に控えた今日から、私は松永玲子を松永ベイベーと呼び始めた。
何故だかわからないけれど、気付いたらそう呼んでいたのだ。

ケラさんからは「意地っ張りの甘ったれですがどうぞよろしく」と言ってもらった。
ナイロンで大切に育てられた、脱げる技巧派。
つまり、松永ベイベーは巧い。
巧い故にどこでどう使っても安心して任せられる。
便利。

だって奴は女優じゃなくて役者だもん。
職人気質のストイックさがそう感じさせる。
おっとりな性質と、サバサバな負けん気で、きっともの凄く努力して、辿り着いたのだ。

便利屋は「なんでもやる」から便利なわけじゃない。
「なんでもできる」人しかそうはなれない。
だけど、松永ベイベーの便利さは、そういうところのそれじゃなくて、
職人気質の生真面目さから生じるそれなんだと思う。

ナイロンの旅公演が終わらぬうちに稽古入りしてしまったので、代役の相談をしたら、ナイロンの10年選手である皆戸麻衣ちゃんを紹介してくれた。
「私にできることは一通りなんでもできる。むしろ私がいらなくなるくらいの女優です」とベイベーが言うから、後輩思いの人だなあと思ったら、まったくその通りだった。

もしベイベーに旅先で何か事故があって出られなくなっても皆戸さんいるからいいや、くらいの気にさせてくれた。
引き継ぎも見事で、旅の合間に帰京してはちらっと稽古場に顔を出すのに「だいじょぶなのか」と皆が危ぶんでいたはずなのだが、まるきりずっと一緒にやってるていで稽古してたので、誰も松永玲子の不在を感じなかったほどだ。

とはいえ、ナイロンの芝居を終えて本格参加してからの松永ベイベーは圧倒的で、松永ベイベーとして役を飲み込み、吐き出して、また飲み込むくらいのことをやってみせた。
こちらは面白がってあれやれこれやれと注文するばかりで、演出らしい演出など何もしていないのだけど、結果、一番ホンから立ち上がった役になっていると思う。

そうだ、ゲネを観て、ベイベーと呼びたくなったんだった。
可愛いんだよなあ、松永。


コルセット、本日初日。


  1. 2012/07/04(水) 02:26:06|
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ベベ子のこと。

ずっと憧れのひとだった。
小学生の私に伊佐山ひろ子の本を読ませたのは、うちに住み込んでいた父の弟子だったと思う。
桃井かおりを真似たようなアンニュイを演じるその若い女性にとって、桃井かおりも伊佐山ひろ子も同じように羨望する対象だったのだろう。
私には違った。

中学生になって、好きな女優は浅茅陽子と伊佐山ひろ子と言うようになり、周囲の友達とは興味の対象が違うんだなと気付いた。
因みに、好きな俳優は関口宏と森本レオだった。

ベベ子にそれを言ったら「変な子ども」と笑われた。
「両極端だよね」と、少し真面目に言った。
照れたんだろう。

私がにっかつロマンポルノに出て、その映画が一般映画に混じって褒められたとき、荒井晴彦が
「にっかつやってこんなふうに評価されたのは伊佐山ひろ子ぶりだよ」と、少々のお愛想を言った。
どんな賞を貰うより、伊佐山ひろ子ぶり、と言われたそれが嬉しくて、覚えてる。

初めて書いた小説が本になって、色んな雑誌に紹介された。
その都度、編集者がFAXしてくれる、そうした記事の中に、伊佐山ひろ子という名前があって息を呑んだ。
書評の連載をしていたことすら知らなかったし、一体誰が私の本を伊佐山ひろ子に読ませてくれたのか、神様に感謝した。

小説雑誌で、ロマンポルノの女優たちをルポする記事を書くことになり、絶対に逢いたいと伊佐山ひろ子の名前を挙げた。断られると思ったけれど、逢えた。
書評に取り上げて戴いたことの御礼を言ったら、
「それで、前川さんのお父様は今も鞄を作っていらっしゃるの」と言われた。
「あれは小説の設定です」と説明したけれど、あんまりわかってないふうな顔だった。

それから、映画芸術での再会だ。
伊佐山ひろ子の新作小説をレビューしませんかと言われ、怖いより嬉しいが先で、引き受けた。
もう二度と逢う機会がないかもしれない憧れの人への、恋文みたいな書評だったと思う。

三本目のモグラ町をやってたとき、開演2分前の劇場で、調光室にいた私のところに受付からメモが届いた。
「伊佐山ひろ子さんがいらしてます」という走り書きに、ぎゃっと叫んだ。
自分が出るわけでもないのに、猛烈に緊張して吐きそうだった。
調光室から客席を見下ろすと、ちょうど、女優じみた帽子の頭が、最前列に腰を下ろすのが見えた。
出演していた渡辺真起子が誘ったのだと後から知った。

芝居の後の飲みに誘ったらふらふらついてきた。
龍昇が隣りに座りたがって煩かった。
ベベ子は、私が書いた書評をどれだけ編集者が喜んでいたかを一生懸命に話してくれた。
「ほんとなのよ、ほら」と、編集者からのメールまで見せてくれた。

その時、真起子と三人で連絡先の交換をし合った。
親しげにするのは厚かましいような気がして、ご来場ありがとうございましたというメールしかできなかったけれど。

去年の春、ベベ子から電話をもらった。
「三島由紀夫賞にノミネートされてるのよ」と興奮した声だった。

その次は、コットーネの企画をもらってすぐ、「小劇場の舞台、興味ありますか」と私が連絡した。
「あります」と言ってくれたので、Pから交渉してもらうことになった。
出演を決めてもらってしばらくしてから、よろしくお願いしますとメールしたら、
「段々昂ってきました。今年はこれ一本のつもりで頑張ります」とお返事があった。

今年最初のコットーネの公演に誘ったら「行きます」と言ってきてくれた。
Pに紹介し、一緒に居合わせた芝居仲間との飲み席にも付き合って、機嫌よく喋ってた。

それから、顔合わせがあって、稽古に入った。
稽古中は、おかずの残りや多く買い過ぎたパンを私に分けてくれるのでベベ子の餌付けと呼ばれた。
西瓜が食べたいと稽古場でぼやいていたら、次の日にはきれいにカットした西瓜をタッパに入れて差し入れてくれた。
稽古中に季節のものをちゃんと食べられるのは嬉しいねえと皆で美味しく戴いた。

稽古打ち上げの席で、松永さんや明星さんのことを、「私にはわからない不思議な人たち」と言うので、みんなで笑った。
「あなたはわかるわよ」と私に言うので、もそもそした優越感が湧いた。

そのくせ、ベベ子は私のことを「オヤジ」だの「意地悪ばばあ」だの言う。
もう芝居なんかやらないわよ、次にやるときは演出をやって、今度は私が前川さんを虐めるの、と言う。
決まり事が苦手なベベ子に演出なんかできっこないと思うけど。


コルセット、本日劇場入り。


  1. 2012/07/02(月) 13:37:00|
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