仕事部屋

初日。

愛のゆくえ(仮)、いよいよの初日。

◆1月、寺十さんのWS参加、台本2種の試演。没台本から映画「愛のゆくえ(仮)」企画が立ち上がる。◆3月、月に一回での公開稽古を開始。第一回なのに参加できないかもという寺十さんの指名により前川とは初手合わせの石塚義高・瀧下涼が出演、結局当日になって寺十さんも出演することになり3セットの強行、伝説の泥酔エチュードで首を絞められる。猛省。赤澤ムック・瀧川英次の出演が決定。◆4月、映画「愛のゆくえ(仮)」を3日間で撮影、明けて翌日の公開稽古三回目にはアンダーに碓井將仁を迎え寺十演出をお披露目、公開稽古の可能性を模索。◆5月、公開稽古に赤澤ムックと瀧川英次が参加、本番にはない赤澤×瀧川バージョンを披露、参加の皆さんからの厳しい意見や暖かいご支援もじりじり増えてくる。◆6月、映画「愛のゆくえ(仮) 」が完成、初号試写。ポレポレ東中野での公開が決定、映画班が勢いづいてくる。公開稽古はお休み。◆7月、アンダーにB級遊撃隊の吉村公佑を迎えて公開稽古を再開、いい加減お互いのあれこれが見えてきて宴席で言い合いになることも。◆8月、「俺やりたい」と挙手してくれたB級遊撃隊の佃典彦が公開稽古で寺十の代打出演、ぶっつけ本番さながらのフルエチュードで改訂稿作りに大きなヒントをくれた。◆9月、公開稽古最終回、すでに稽古入りして寺十×前川組の稽古が一段落、翌週は寺十演出による瀧川×前川組の稽古が始まるという隙間で前川演出によるムック×寺十組の稽古を披露、「ノープラン」「行き当たりばったり」と言われながらムックと寺十さんが並ぶ画の面白さに発見多数、劇場下見と美術プランの打ち合わせ。映画「愛のゆくえ(仮)」が東京国際映画祭に正式出品されることを発表。◆10月、各組1週間を目処に稽古が進行、稽古場ではほぼ本番仕様のセットが建込まれ、チーム交代ごとにセットチェンジ、最初は45分かかっていたセットチェンジもコヤ入り直前には13分まで短縮、各組の特徴が日々明確に浮き上がる。◆10月29日、劇場入り。C組の場当たり。◆10月30日初日、朝9時半よりA組場当たり、続いてA組のゲネプロと15時初日、終わってすぐにC組のゲネプロと20時初日。

本日15時の回、瀧川×前川の初日ながらお席が淋しい状況です。
お金はないけど時間はあるという方、観たいけどお金ないからなあと諦めていた学生さんなど、非公式にご優待しますので是非メールください。
info@maekawa-asako.com
もちろん、お知り合いではない方でもご遠慮なくどうぞ。


ちゃんとお金は払えますという方、土日は混雑が予想されますので、お早めにご予定戴けましたら幸いです。
前川扱いチケットフォームにて前日までのチケットが予約できます。
http://ticket.corich.jp/apply/34916/005/

当日の駆け込み予約は info@maekawa-asako.com にお願いします。

公演詳細・台本ダウンロード・稽古動画・インタビュー・稽古場日記などは
公式サイト http://enfantterribles.blog.fc2.com/


どうかたくさんの方がお足運びくださいますように。
上野ストアハウスにてお待ちしております。


  1. 2012/10/30(火) 07:29:02|
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東京国際映画祭、開幕。

六本木ヒルズに到着してすぐドイツビールで景気付け、秋晴れの気持ちよい空の下、グリーンカーペットを歩く。




  1. 2012/10/21(日) 12:10:15|
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着々。


愛仮、新しい予告編ができました。


稽古場を梅ヶ丘BOXから水天宮ピットに移動して、セットも建込まれ、着々稽古が進んでいる。
前川×寺十組が4日間、瀧川×前川組が6日間、ムック×寺十組が7日間の稽古、本日はムック×寺十組ラス前。
このあと、TIFFのグリーンカーペットや上映を挟みつつどどどっと三組での稽古に突入、スケジュールの奪い合い。

稽古入りしてすぐに高木さん交えてホンの直しをやり、「クズバージョン」と「ドングリバージョン」二つの決定稿となった、違いは男の長台詞で、この部分がどう見えるかで男の背景も違ってみえる、各組が話し合って選んだが、統一されるかもしれない、今のところ、クズバージョンは瀧川×前川組のみ、美術セットも3通り、演助は稽古場で日々「間違い探しゲーム」をするようになるだろう。

前川×寺十組の稽古中にトライアル最終回でムック×寺十組を1回試したわけだが、その時点で寺十さんは「混乱する」とボヤいてた、それから瀧川×前川組の稽古に入ったので混乱するのかと思ったら意外なほどしなかった、今やってるムック×寺十組は私が演出しているので、寺十組でつけられた演出と違う解釈をつけてくと、まるで寺十演出に納得してないみたいなふうになるのだけど、そんなことはなくて、演出は「この人とこの人を見る」ってことから始まるから、必然色々な違いが生じるという仕組み。

それでも、寺十演出は演劇的手法での面白みがたっぷり、私の演出はどうだろう、狙いは生っぽさなのだけど、高木さんが立会人をやってくれている前川×寺十組もそれぞれ演出チームの稽古を経過してまたやれることが増えているはず、最初の稽古はそれぞれの演出の為の叩き台みたいなものだったなあと今は思う。

稽古場付き3名が交代で記す稽古場日誌はコチラ
公式ブログ、トライアル最終回の動画と寺十演出の稽古動画をアップしました。
前売りチケットまだあります。

そして、映画版「愛のゆくえ(仮)」。
グリーンカーペットが20日、上映での舞台挨拶・Q&A登壇が22日、監督ひとりぽっち登壇での上映が25日。
ポレポレ東中野での公開は12月1日からなので、気が急く方は是非六本木TOHOシネマズのでっかいスクリーンで観てください。

映画版愛仮公式ブログはこちら。
公式サイトはこちら。 ※高橋P、木村監督、前川麻子がSTATEMENTにコメントを発表しています。
TIFFの情報ページはこちら。
TIFFのチケット、当日券は上映日の朝から若干枚の販売だそうです。前売りで是非。

そうそう、ポレポレの人に高橋Pが「TIFF決まりました」と報告の電話をしたとき、電話を受けてくれた人がTIFFを岐阜と聞き間違えて、「なんか、岐阜の上映が決まったそうです」と支配人に報告し、支配人は「岐阜…? ふうん…」となって感動が薄かったという話を訊いて、爆笑した。


  1. 2012/10/14(日) 10:57:21|
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(愛)のゆくえ。

今回の「愛仮」稽古は無論3本立て、共同脚本の高木さんを立会人にした寺十・前川コンビからスタート、基本は寺十さんの持ち込むもの(物体ではなく、心情や表情)を受けて返す形で淡々と稽古、立会人から「〜に見えます」「もっと〜がみたい」と意見して貰いながら、その場に何が立ち上がれば良いかを探っていく。

この組は、稽古初日に本読みしながらホンの修正、稽古休みも1日とって、最終日にはトライアルだったので実質の稽古は3日間、まずは芝居としての叩き台を共同作業でこさえた感じだろうか。

翌週からは寺十演出の前川・瀧川コンビ(以下、寺十組と呼ぶ)の稽古、初日は読み合わせと前半の立ち稽古、私は高木組の稽古で台詞を概ね入れているのだけど瀧川くんは改訂されたホンを稽古入り前日に受け取っての稽古入りなので台本首っ引き、お構いなしに細かな表情や動き方への演出がついて場の空気が動いていく。

そもそも寺十さんの演出は、照明や美術への拘りが強いので、3本立ての中でも寺十組を先に創り上げないとスタッフさんが大変じゃん、てことで先行することになった、「できるだけ飾りを排除して役者だけを置きたい」傾向の高木組と違い、映画のセット同様もしくはそれ以上に細かな道具が多く、照明の具合も稽古場用の限られた照明機材で作り込むので演出助手の小形の顔も引き締まってくる。

寺十組2日目、前日に作った部分の返し稽古をやって修正し、続きを作っていく中、前夜の飲み席で話した雑談から当たり前に拾い上げて盛り込んでいく方式はもしかしたら私や寺十さんの世代特有なんじゃないかと感じたが他所ではどうなんだろう、飲み席では、演出視線でのダメ出しと、高木組でやってたことへの役者視点での新提案、プライベートな感覚でのちょっとした愚痴なども混じるのでだらだら飲んでられないくらい情報が多い、「今日やってたところ、小形くんがすっごいニコニコして視てた。かなり面白く視られる場面になってきてるんだと思う」と宴席での寺十さん、そして、飲み屋を出てからぽろりと「瀧川くんって飲みの席でも献身的だよね」。

これはつまり、私に対して【瀧川くんの佇まいを「献身的」と受け取っているか?】というヒントであったりするわけで、そのキーワードをどう受けて、何を持ち込むかを考えるのがこの日の宿題になるということで、それらを日々持ち帰って整理し、次の日の稽古場に持ち込むことの繰り返し。

たとえば、飲みの席でのふとした沈黙に「これこれ、この時間ね」と一言あったりすると、「この時間を芝居のどこに持ち込めばいいんだ?」と考え始めまた黙り込む、あくまで「どこに持ち込めばいいですか?」「この時間ってどういうことですか?」とは訊かない、言われたことをどう受け止めたのかを稽古場で見せて、また同じようなヒントを返される仕組み、言葉一つの解釈をとことん話し合う場合も勿論あるけれど、大概はそうやって「見え方」「感じ方」を伝え合い、加減を探っていくことになる。

目線ひとつを決めるにも、「じっと視て」と言われることもあれば「〜って思ってるんだよね」と内面の方向性からその視線を導き出すように言われることや、「こうやって視られてると〜できなくなるでしょ」と相手役の動きの制約を作ることもあって、その違いから「画面としてのそれか」「心情としてのそれか」など、なんのためにどういうそれを必要とされているかをこちらなりに解釈して、反応していく、「それはどういうことですか?」と訊く代わりに「それはこういうことですか?」と提示していくのが「稽古」なんだと思う。

だから、私は稽古時間になると「はい」という返事と台詞しか殆ど口にしない、それなのに2日目の飲み席で言われたのは「前川さんは言葉で埋めようとする」、これは具体的な芝居の場面のことじゃなくて人と話しているときについての雑談で出てきたことなのだけど、やはりそれでも「ははあ、なるほど」と解釈して今日の稽古に持ち込んでやろうと企むわけで。

芝居には、「これはこうでなければいけない」という決まりがない、その分、壮大なる無駄な「ハズレ」が生み出される、「それはこういうことですか?」のハズレに対して「ははあ、それもありだね、でももっと、こう」と付け足されそこでも「それはこういうことですか?」を返していくことを繰り返す、100個のハズレが出た頃には1つの物事へのお互いの解釈が広がり深まって、当たりゾーンに球が飛ぶ、「あ、そんな感じ」がようやく見え始める、しかしそこでも「そんな感じってこんな感じ?」をやってみせてまたハズレ、結局のところ当たりなんて狙えやしない。

日常で、向き合う人の言葉を100%真っ当に理解して返事をすることなんて滅多にない、自分が喋る言葉の意味をきっちり解釈として定義できることだって殆どない、いつだってブレブレのまんまハズレばっかりを打ち出すそこに会話があって、今自分が口にした言葉を反芻しながら沈黙し、ろくろく言葉を組み立てないまま次のことを喋り始める。

稽古場でのブレや迷いや焦りはそのまんまそれになる、芝居のリアリティーというのはそういうことなんだと思う、そして、芝居をやっている人が皆そういう感覚を持っているかといえばそうではない、たまたま寺十演出は私にとってどこの誰よりも判り易い、感覚の違いで「そうくるか」と面白がることはあっても「それどういうこと?」と混乱したり疑問のまま手を伸ばせずにいる瞬間が欠片もない、「はい」と言って台詞でやってみせることで稽古時間がきっちり成立する、そこんところを「通じるから俺もやり安い」と言ってもらえたから多分その感覚は間違っていない、しかも「よく前川さんについてってるよね」と寺十さんの瀧川評があって、瀧川くんに「寺十演出しんどくない?」と訊いたら「全然!」と朗らかな笑顔、今回のように直感的に企画そのものに乗っかって集まったそれぞれがそこんところに共通の意識を持っているケースはかなり希で、芝居の稽古場としてこれほどの充実はない。

ムック、怖いだろうな。自分の稽古が後回しで焦ってんだろうな。
今日は稽古開始前にムックとお茶する。
昨日稽古場でそう言ったら瀧川くんも寺十さんも「なんで?!」と食いついたのが可笑しかった。

芝居やってくしかない連中の、さて何をやろうかという演劇に対する愛の「ゆくえ」、同調できる希少な出会いを尊ぶ仲間に対する愛の「ゆくえ」、すべてはまだまだ「仮」のままどこに辿り着くのやら知れないが、彷徨う再中の「ゆくえ」そのものが「愛」に見えたらいい、映画版のタイトルは物語そのまんま「愛のゆくえ」を意味するけれど「(仮)」は実在する人の未来への、作り手からの愛だと思っている、演劇版の「仮」は、「(仮)」ってところが「愛」そのものなんだから、「愛のゆくえ(仮)」、これ以上この企画に相応しいタイトルはなかったなあと思っている。



【演劇】
続々ご予約を戴いています→ 愛のゆくえ(仮) ご予約ページ

【映画】
舞台挨拶とQ&Aにも登壇します→ 愛のゆくえ(仮) TIFF 作品情報ページ

  1. 2012/10/03(水) 10:53:14|
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