仕事部屋

世界は若さに満ちている。

若い人は可哀相だと常々思う、同情ではなく軽蔑だ。

面白い奴だとか運動神経がいいとかの、所謂一芸で人付き合いがままなるのは小学生までであって、中学生になるとたちまち「それだけの奴」に成り下がり、高校生にもなればその芸に分かり易い行動か明確な思考かが伴わないことには個性としてすら認識されない、場に馴染んで居場所を作ることが最重要に思えるのはまだ自身がそのままで存在できるほどの個が確立されていないからで、だからこそ表面的なことで人を見るのが10代だと思う。

20代では幅を問われる、一つは何をみているか、つまり「どんなビジョンを持っているか」によって大きくも小さくも捉えられるから大風呂敷を広げるのもこの年代、実際には何もできていなくともまだ許される、もう一つは人脈や行動範囲や趣味などの幅で、質はやはりまだ問われずに済むから結局ここも大風呂敷で誤魔化せる、どれだけ自分を信用できるかによって日常の明度が違ってくる時期だろう。

30代になると一度これまでの一芸と大風呂敷が如何程の価値なのかと測られることになる、本気でやってきたのか、まともに考えてきたのか、きっちり関わってきたのか、しっかり立ち向かっているのかと、いちいちの裏付けが必要になって、風呂敷畳んですごすごと退場もあり得るし、広げた分だけ土産が包めることもあるけど、結局この年代ではっきりした違いになるのは「育ち」ってやつで、人としてまともに育っているかの一点が人物評、自分自身の真価やら人生の先行きやらにそれなりの判断や自己評価を下すその時の「それなり」の基準点が「どう育ったか」なんだろう、まともに育っていればまともな判断をするし、そうでなければ判断すらしそびれる、善悪の違いではないし、努力や勉強の結果より歴然とそれが透ける、大風呂敷などもう通用しない、どれほどの社交術を持っていようが無意識に染み込んでいることがすべて透けてしまうのが30代なんじゃないか。

40代になって初めて分かった、若い頃には40代ってのは人生の終わり近くでもうとっくに何者かであってそれなりの結果が出ているものだと思い込んでいた、実際に感じるのは40代までが人生の足場ってことで、身体的には確かに終わりに近づいているのだろうが人生としてはまだまだな感じ、まあきっとそれは50代になっても60代になってもまだまだな感じと言いながら生きるのが幸せなことなんだろう。

最近何かにつけて考えさせられるのは「正当性」で、お金のことでも時間のことでも人との関わりでも「正当性」という新しい価値観を持つようになった、適正価格、年令相応の振舞い、どの程度頑張ってどこで見切るか、対等な付き合い方などなど、好き嫌いが価値基準じゃなくなって一時期なんでもオッケーだったりもしたんだけど今になってまたきっちりと測ってる自分に気がついた、もう与えるばかりの関係性には価値を感じない、その逆も然りだが、見返りという意味ではなく損得勘定でもない、正当性としての労力や心配りや報酬を考える、かつて年長の友人から「お前、それやってるとキリがないぞ、ボランティアじゃないんだから」と何度となく言われていた、その意味が分かる年代になったのだ。

そうなってみると年若い人の狡さが見えてくる、できるだけ自分が損をしないようにしている奴、面倒なことを器用に避けてる奴、大事なことにちゃんと向き合ってない奴、その場しのぎの上手い奴、隙あらば他人から何かを掠め取ろうとしている奴、他人の利用価値を測って態度を変える奴、親しさに甘えて横柄な奴、ひとりで動けない奴、手間暇を惜しむ奴…と並べ立てて本質は全部「狡い」の一言で括れるのにその狡さを隠すところもまた狡猾な、自分で自分のことを狡いと思ってない奴らの多いことに傷つく。

そうした狡さが見えるようになった大人はオトナだからわざわざ指摘なんかしない、ただ卑怯な奴だと認識して人としての評価を下げるだけだけだから、きっと私自身もこれまでにそうやって狡さを見透かされて遠ざけられてきたことが幾度もあったに違いない、無自覚にオトナを傷つけてきたんだと今更に知って悲しい、世代が同じであっても早くにオトナの価値観を持った友人からはそうやって見切られてきてもいるのだろうし、何がどうってことじゃなくて、こいつとは正当に関われないなと思われたことがあると思うと堪らなく恥ずかしい、自分が与えてもらうばっかりの関わり方をして罷り通ることなど実際はいつだってなかったのだろう、自分にはそれが許されていると思う傲慢さには気づいても、自分が得をしようとする根深い狡さにはなかなか気づけない、自分のそれだって恥ずかしいんだから他人のそれだって恥ずかしい。

誰だって自分に何かを与えてくれる人や物や世界を欲する、踏み込んで奪い取ることに罪はない、ただ、関わり合いというものは一方的なそれの先にはないのだと取り残されてから気付く、奪われ盗まれ掠め取られすり減らされる一方の人や物や世界は遅かれ早かれ切り捨てられる、とはいえ実際には嫌だなあこの人狡いなあと思いながら関わり続けていたりする、人を切ることは容易くない、そこに甘えて切られないのをいいことに反省なくいるあたり、若い人は狡いなあとまた思う。




  1. 2014/12/13(土) 04:54:18|
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月よりもっと遠い場所。

晦日と大晦日があるんだから大師走もありそうなもんだ、12月に入った途端、街の中がせかせかしているように感じるのは気のせいか、東京⇄名古屋で1週間で3本の芝居を観たせいか、年末年始の5連勤が決定しているせいか。

夜勤明けに高速バスで名古屋に向かい、到着してすぐにチェックインを済ませ、ばたばたとB級遊撃隊のアトリエ、観劇遠征は「土管2012」だから2年ぶりか、今回は成田くんと合流したので心強い、佃さんの新作「朝顔」は新テイストだと本人も言っていた、小説風の語りが延々と流されるが、私には佇まいの芝居だった。

その前の週に「センチメンタル・アマレット・ポジティブ」を上演したT高校演劇部の2人が声をかけてくれたので思わず丸刈り頭を撫でさせてもらった、出演してない円太夫の親友たちも来ていてやあやあと、なんだこうやって地方にも知り合いが増やせる、終演後はリクエストして味仙の美味しいもの、日帰りで帰京した成田くんと解散して独り安宿。

翌朝は土産物を買いに名古屋駅に寄ったついでにしっかりモーニング、昼食用の天むすも忘れずに購入、時間通りに帰着できるものか着いたとして体力は余るだろうかの懸念あって、新宿からぎりぎりで「今日行きます」とメールして池袋に直行、流山児事務所の「青ひげ公の城」、始まる前から蘇るあの歌あの台詞にそわそわ、悪源太さんの顔見てまたあれこれが蘇る。

流山児演出の「青ひげ」はお得意のごった煮テイストが「演劇バラエティー」の感、塩野谷・美加理が並んでいるだけで満足できるところもあるのだが、福士さんの健在ぶりや弘子の見せ場でにんまり、最後の長台詞には間違いなく泣かされると思ったが「場」がないせいかふっと醒め、終演後の楽屋で抱きしめた美加理の体の小ささにじんわり込み上げて泣きそうだった、もはや劇の夢は見ないのだ、私には生身のあなたが夢なのだ、などと。

せっかくの名古屋遠征も駆け足で景色を眺める余裕がなかったけれど、休憩で立ち寄るPAごとに「旅」を感じた、非日常という意味の旅でなく自分の身体が何某かの力によって移動するという意味での旅が、単純明解な刺激だった、日々が退屈なわけではなくむしろ日々の方が力んでいるので旅は穏やかな気持ちになる。

などなどのうちに迎えた師走の月は検査結果を聞きに病院へ、担当医に「あれ?なんで検査したんでしたっけ」と言われおろおろしながら「術後の経過として云々」と説明すると「なんの手術でしたっけ」とまで言う、患者としてはインパクトがない方がマシってことだろう、手術の疾患は完治、がん細胞も消滅と宣言されてうきうきしながらの帰路、自転車の前輪が縁石を乗り越えられず、がしゃんという勢いもなく、ゆっくりと、とてもゆっくりと転倒、今後は病気より事故に気を配るべしとの警告。

私は自分が関わった演劇の中で「月よりも、もっと遠い場所…劇場!」という美加理の台詞が一番好きだった。
だけどやっぱり月よりもっと遠い場所は、「日常!」と、思う。




  1. 2014/12/03(水) 02:13:11|
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