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仕事部屋

人間だもの。

風邪気味であったところ深夜に喘息の発作が出て、亭主に付き添ってもらい徒歩で救急病院へ行った。
真っ先に強心剤を打たれ、点滴を受けて治ったが、医者は入院しろと言う。
早くとも3日間は1日3本の点滴が必要、という見立てだ。
仕事もあるし犬息子の世話もあるし何より点滴が嫌だとぐずぐず言って、明日午前中つまり数時間後に外来で診察を受けることを条件に帰宅した。
外来で入院と言われたら素直に従うよう言い含められたが、自身の体感としては回復しているので「わかりました」と軽々返事をした。
言われた通り午前中に外来を受診したが、寝不足だし心臓はばくばくしてるし手は震えるしで心もとない体調だった。
外来の専門医は「強心剤はやり過ぎだよねえ」などとゴチながら一通りの処方をして「入院するほどじゃないでしょ?」と帰された。1日3本で3日間と言われたそれも指示はなかった。
救急から帰った時点で職場には医者の見立てをそのまま伝えて休みをもらっていたので、それから数日間、家でひたすら寝て過ごした。喘息は治ったが、今度は肩首の痛みが出て、職場に復帰してからもデスクワークがしんどい。
今度は近所の整骨院へ行き鍼治療を受けた。
喘息発作の影響で、脊椎のどこかが捻挫のような具合になって腕や肩首に影響が出たらしい。
初めて行った整骨院だったが相性が良かったらしく、通う気になった。
効果が出ているので、週に2度、鍼に行っている。

そもそも、喘息発作が出たのは服用を続けなければならない薬が切れていたからで、近所の喘息専門医との相性が悪く薬を貰いに行きたくなかったからだ。
喘息の専門医が近くにあると知って幸運に喜んだが、最初の診察で「タバコやめないと薬出さないよ」と言われその医者が嫌いになった。
禁煙治療を受けるときも、処方してくれる医者が近場でほかになく、渋々にそこで受けたのだったが、ろくな問診もせず診察代をがっつり取られることにもうんざりで、意地でもそこで喘息の薬はもらうまいと決め、禁煙治療を終えてからは行っていない。
ぜろぜろするときには一番通いやすい距離の耳鼻咽喉科で処方してもらっていたが、この医者は「うちは喉まで。喉から下は専門のとこで診てもらってね」と喘息の薬を出すのを嫌がる。
仕方なくほかの内科で処方してもらったりで、毎回違う医者を探すのも煩わしい。
不本意なドクターショッピング状態になっているのだ。

治療なんだから専門医がいいに決まってるのだが、いかんせん相性がよろしくない。
こちらがただ嫌うばかりではなく嫌う理由もあるのだが、これも医者側の立場で考えれば相性で、そういう態度をしたくなる患者ということになる。
電話相談の受付という仕事をしていて、それがわかった。

まともに会話するのが生理的にしんどい声というのがあったり、相談内容にムカっとしてしまったり、相手の一言がいちいち気に触るようなことが、実際にあり、そういう場合には他の人に代わってもらうことにしている。
同僚はお互いにそうした好みを知っているので、交代は最善策で、私が代って引き受けることもある。
褒められたことではないのだろうが、そういう好き嫌いと信頼は切り離せない。
その場しのぎに愛想よくしたところで、万事うまくことが運ぶとは限らない。
費用の分割などの相談も自分の判断で取り決めることになるので、こいつなんだか胡散臭いな、とかの感覚的な判断が必要になる。裏切られることも多いが、それは自分の直感に裏切られるということだ。

事務所の入り口に、プラスチックのケースに入った造花が飾られている。
電話相談で私が対応した大阪の相談者が、お礼にと私宛てに送ってくれたものだ。
この相談者の場合、すぐに仮受任となったがその後アドバイスを重ねたところ自己解決できてしまい弁護士への委任にはならなかった。だから費用がかからなかった。
受任となって相談員宛にお礼の手紙が添えられた書類が送られることはあっても品物は珍しいらしく、こちらは照れるばかりだが、事務員が沸いた。
急に相手が怒り出したり、クレームが入ることも多い。
話す内容はすべて同じだし、手順一つ変わらないのに、こちらの嫌悪が伝わってしまう。

医者も教師も、そう違わないのではないかと思う。
そうであってはいけない、というのは表面上の理屈であって、理想に過ぎない。
人間だから信用ならないし、人間だから信用できる。
一括りに言えば相性だ。
だからこそ、ある程度のマニュアルも必要になるし、マニュアル以上の対応には心が動く。
俗にいう神対応というやつだろうが、誰も神にはなれない。

章が追加された森達也の「A3」を読んで、そんなことを考えた。
この頃はテレビのワイドショーをチラ見するが、人のしくじりを罰する人が多いなあと驚く。
罪を、赦すための罰、であるはずが、誰もが過剰に感情的になっているような雰囲気で、心地悪い。
「A3」は憎しみ或は憎しみの果てに生じた無関心が真実を覆い隠すのではないかと問い掛け続けていた。
許せないという感情はあっていい、だがそれは結論にならない。

子供のころ、登場人物が2人だけのテレビドラマを見た。
単発枠で、柄本明演じる教師と、木内みどり演じるひきこもりの子の母しか出てこない。
子どもは中学生という設定だったか、子供部屋から出てこないままに、ドラマは終わった。
猛烈に面白かったので、エンドロールを食い入るように見て、森達也の名前を覚えた。
その名前が本当に森達也だったか、今となっては定かではないし、そうだとしても同じ人かもわからない。
キャストにしても覚え違いかもしれないし、もはや本当にそんなドラマがあったのかすら危うい記憶だが。
ただ、「不在」を廻る、もしくは「不在」という圧倒的存在を廻るドタバタを、不毛と切り捨てない語り口は、やはり森達也なんじゃないかと、今は思うだけだ。

かつて紹介を受けた仕事で、「相性の悪い人とうまくやる方法」についての講義をしたことがある。
ビジネスマン向けのセミナーだったが、嫌いな客に愛想よくできないラーメン店の店主だったり、嫌いな上司の言うことが耳に入らないビジネスマンや嫌いな人たちと毎日ランチしなければならないOLさんだったりが、悩んでいた。
どんな解決法を話したのかこれまたはっきりとは思い出せないが、「嫌いな人を無理に好きになる必要はない」というようなことを主軸にしていただろうと思う。
ではどうやったらうまくやれるのか、については何を話したのだったか。

今は「不在」を捏造するという方法を考えている。
架空の誰かを挟んで直接対峙しない。
仮想的を作って共闘の立場になるとか、この人が自分の大切な人の知り合いだったらとか、自分が直接に関わるわけではないという逃げ場を用意する。

職場では反社会勢力の人たちが「不在」の誰かになり得るし、病院では看護士さんたちが「不在」の誰かになり得る。
実践のため、嫌いな専門医に行くべきだろうか。
それより、ほかの医者を探すほうが良さそうに思うが。

  1. 2019/11/22(金) 02:38:07|
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