仕事部屋

今もまだ、

小さな揺れが、ふと気の抜けたタイミングに湧いて、身を硬くさせる。

最初の大きな地震がきたとき、わたしはまず滅多に行くことのない汐留の、初めて訪れた電通本社ビルの16Fで、暢気に映画を観ていた。

映画は「スコット・ピルグリム vs.邪悪な元カレ軍団」、アメリカの人気コミックの映画化だそうで、強く支持する知人の計らいで試写に呼んで戴いた。「ビデオゲームの要素をふんだんに取り入れているのでお好みかどうか」と言われていたが、インベーダーゲームに夢中になった世代でもある。
しょっぱなからワクワクさせられ、夢中で話を追いかけていよいよクライマックス、という時だった。

がたがたがた、と椅子が鳴るほどの揺れだったが、大して気にならなかった。
それが、長く続いて初めて、おや?と思った。
小さな試写室だから、場内が暗くてもスクリーンの明るさで、中にいる人の動きは判る。
私の他にも「おや?」という顔で周囲を見回している人はいた。
だが、試写室の係が来るでも、映写が止まるでもない。

ビルの上階って揺れるんだよなあと再びスクリーンに目を戻したとき、ジェットコースターが走り出すときのような音と共にもっと大きな揺れが、起きた。
最新の建築物の構造は、地震の揺れを水平に保つのだと聞いたが、まさに、遊園地のアトラクションに乗っているような、不思議な揺れ方に感じた。
場内のあちこちから「地震」「地震」と呟きが出始め、皆、中腰になりかけたが、それでも映写は止まらない。映写技師というのは、職人である。
わたしは、コートを腕にかけて、荷物を背中に背負い、いつでも立てる体勢のまま、スクリーンを視ていた。

館内放送が流れ始めたのと同時に、係の人が入ってきて映写が止まる。
「地震が起きたので、上映を中止させて戴きます。作品は4月29日からシネマライズにて公開です。DVDをお配り致しますので、続きはご自宅で視てください」云々、すぐにドアが開け放たれ、DVDが配布された。
「エレベーターは使用禁止になっています。ここは安全ですので、しばらくお待ちください」と言われ、皆、退出できない。

携帯やiPhoneで情報を確認して、場内に伝え合う。その場にいた人数はそれほど多くなかったので、混乱が起きることもない。
「最新型だし、このビルにいた方が安全かもね」と誰か。そうかもと誰もが思い、椅子に座り直す。
余震なのか、小さな揺れがまた来る。館内放送は「状況を確認中」というようなことを短く言うだけで、避難を薦めてはいない。

年配の映写技師が出て来て「残りもう少しなんで、回しておきます」と、室内の電気を点したまま、映写が再開される。
ドアも開けられたままだが、係の女性二人はロビーで上司らしき男性と何やら相談の様子。
本当にラスト近くで止まっていたので、スクリーンに映ったのは残り数カットとエンドロール。それを見届けて、さてと思ったが誰も席を立とうとしない。

一人試写室を出て、「非常階段使えますか」と訊くと「多分使えると思いますけど」とロビーにいた主催側の人が案内してくれた。
まだ誰も降りてきていない階段は、ひたすらがらんとしている。911WTCの大惨事は非常階段で起きたと知ってはいたけど、それほど一刻を争うわけではないし、押し合いへし合いの混雑もない。
「気をつけてください」と言われ「あ、のんびり行きます」と御礼を言って、とぼとぼ降り始めた。
じっと待つのが嫌だっただけで急いでいたわけではないから、本当にのんびり降り始めた。

合流する人は誰もない。余震のたび、みしみしかたかたと、壁が鳴る。
真新しいカーペットのあちこちに、壁材だか塗料だかが剥がれて落ちている。
火が出るようなビルじゃなくて良かったなあと思いながら、とぼとぼ一階に辿り着く。

1Fロビーにはさすが大勢の業界人が避難してきていて、中には防災ヘルメットを被った女性も。
だが皆、談笑していたり、書類を見ていたり、半笑いの顔でぼうっと立っていたりで緊迫感がない。
受付できちんと入館証を返却して表に出、灰皿前で一服。
通りの車もひとまずは停車している様子。
うちの本棚倒れてないだろうか、犬がビビって飛び跳ねてまた骨折ったりしてないだろうかと気になり始める。

止まってるだろうなと思いながら地下鉄の汐留駅へ行き、ホームまで降りたが、運転再開の見通しはない、JRも全線止まっていると情報が流れたので、待つのを止めて地上へ。

JR新橋駅に出てみると、汐留のどこか長閑な風景と違って大混雑、大混乱が始まっていた。
都バスの停留所は終電後のタクシー乗り場を五倍十倍にしたような行列ぶりで到底並ぶ気になれない。
駅周辺をぶらぶら歩いていて、港区のコミュニティーバスがお客を乗降させているところに遭遇、するっと乗って着席、幸運にも田町まで行くバスだった。
車内からtwitterなどで情報を確認、電車動かなかったら夜のスタジオ練習は中止だよなあ云々と共に犬の安否が気がかりで気が急く。

田町も新橋同様の混雑だったので、うちまでのバスの行列には並ばず、歩き始めた。
ぞろぞろ歩く人が大勢いて、皆、帰宅難民とわかる。
打ち合わせをしながら歩くビジネスマンの二人連れ、電話であれこれ指示を出すスーツ姿の人、必死に迎えの車の手配をする人。
部活帰りの中学生らもいて、「参ったなあ」な雰囲気ではあってもそれほどの緊張はない。

黙々歩いて、途中で一服休憩もして、30分ほどで自宅そば。
うちのそばでやっている解体工事と、また他の建設工事と、どちらも現場で人が右往左往しており、それを見たらまた不安になった。
一歩一歩覚悟を決めて、マンション前。エレベーターが止まっている。
祈る気持ちで3Fまでの階段を昇り、鍵を取り出す。吠える気配はない。

ドアを開けても、出迎えの姿がない。室内は異常なし。倒れそうなものは本棚くらいだが、倒れてはいないし、棚の物も落ちていない。なのに「ただいま」と声をかけても犬が姿を現さない。
布団の中にいるらしいのが布団の隆起でわかるので、布団の上から名前を呼びながら揺さぶった。
ようやくもそもそと出て来た帆太郎、無事。
安堵して見れば、台所のワゴンの上のものが、いくつか落ちていた。

室内の被害はそれだけ。
早い時間に帰り着いたので、スタジオ練習どうしましょう連絡、娘や元夫、一人暮らしの友人たちに情報を流して安否確認などなど、携帯は長らく不通だったしメールも遅れていたけれど、twitterは確実だった。
TL上に帰宅難民の声が徐々に上がり始め、避難所開放の情報、運行情報など回すうち、深夜。
もちろん、スタジオ練習は中止。そもそもスタジオの休業判断が早かった。
こういうときって、誰かの決断の早さがものを言う。

以降、皆がそれぞれに節電の呼びかけ。
散々電気使って原発反対じゃあ筋が通らんだろと思うわたしは、練習ないから加湿器も切り、乾燥やだから暖房も切り、アロマキャンドルを控えめに灯して、霜取りついでに冷蔵庫まで切って、ささやかに。

途中、バイト先のチーフMが「大丈夫ですか?安否を確認したいので連絡ください」とメールをくれた。
それだけのことが、本当に嬉しかった。
この間まで、一緒に暮らす人もいない、毎日出勤する会社もない、倒れても見つけてくれる人がいないと俄に孤独死を感じ取っていたのだけど、今は違う。
どんな仕事であろうと、働くことは、世の中とつながることなのだなあと、実感できた。
翌日には原稿のゲラが届いて「明日昼までに」だったりもしたし、勿論これまでだって働いているわけだが。

それにしてもtwitter上で回されるデマのなんと多いことか。そして「あれはデマ」と更に回されてくる。
「デマだろうが1%でも真実の可能性があればRTします」という人もいる。
「もうソースのないRTはしません」という人もいる。皆それぞれでいい。
受け取る人が判断すればいいと基本的には思うから。
何より批判だの非難だの意見だの要求だのをこねてる場合じゃない。

原発事故は大ごと。地震・津波被害に遭われた方には慰めの言葉もない。
まだまだ誰もが不安な気持ちの数日を過ごす。

公演やライブの中止も相次いでいて、その中で「やります!」もあって、それぞれのデメリットの中での決断は、どれも正しい。
東京は人が多いから混乱も生じ易いのだけれど、人がたくさんいるってことは、力がたくさんあるってことだ。

芝居やライブは、電気がなくたってやれる。
世の中に向けてものを作ってる人たちは、それが受け入れられない世の中のタイミングがあることも承知すべきだし、より楽しんでもらえる状況でのそれと考えれば自ずと判断もつく。

誰かを助けたい、役に立ちたい、皆で心配したい、がんばろうニッポンは、サッカーの応援みたいに「連帯」を齎す快感ではあるけれど、一人一人ができることを怠らずに「i'm OK」を保つのが原則のはず。
「私」が大丈夫であれば、「私」を助けてくれる誰かの手が、他の誰かを助けられる。
もちろん「私」の手も空いている。

犬を膝に乗せて黙々ゲラをチェックし、先日短めに書き上げて直しをしていない「台所純情」の台本も混乱なく送信できるうちに送信を済ませ、今日は通常のバイト業務で出勤、こんなときに働いたって誰の役にも立たないかもしれないけど、また無事に帰って来られれば、それでいい。


「スコット・ピルグリム vs.邪悪な元カレ軍団」は楽しかったし、隙なく面白かった。
多くの人が、映画館でバカみたいに大ぐち開けて笑える日々がまた続くと、信じている。



  1. 2011/03/13(日) 12:02:24|
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