子供の頃から親しくしている友人K子からの電話。
K子のママは、このところ永らく入院していた。容態は想像以上に思わしくなく、K子とお姉さんとが何ヶ月も付ききりだった。
ところが、しばらくするとママは回復し、みんながちょっとほっとしていると、また調子を崩しての入院…。
これを何度も繰り返していたものだから、初めは「ママの生命力を信じる」と言っていたK子も次第に絶望的な気持ちになったし、この一ヶ月ほどは、周囲の友人たちも心密かに「いつかのそのとき」に備えていたはずだ。
そんな状況でのK子からの電話に、あたしも「とうとう」と思った。
いつか、あたしの親友が死んだときに知らせてくれたのもK子だったから、そのときには彼女がどんな状態になるのかがわかっている。だが、電話口のK子は、意外なほどに落ち着いた声で、ゆっくりと、ここ数週間のママの容態を淡々と語り始めた。
その最後に、「それで、K子ね、結婚することになったの」
…これ、舞台のホンなら笑いが取れるとこだろう。
そもそもK子は、あたしの友人の中でベスト3から外すことのできない美人であり、お嬢さんであり、天然ボケであり、世話焼きである。男女ともに友人も多く、みんな彼女のことが大好きで、一日も早く幸せになって欲しいと願っていたし、彼女の献身的な思いやりは常々家族のみならず周囲の人すべてに向けられていたから、誰もが彼女は幸せにならなければならないと信じていた。
結婚相手は、二十年来家族ぐるみで付き合いのある、高校の後輩だそう。
彼女の口から親友として彼のことを聞いていたから、「ああ」と思った。
彼女はそっち系の話をしない人なのだが、それは奥ゆかしいのではなく、そういうことに殆ど縁がない人だからである。もちろん、まったく何もない訳ではないのだけど、妙齢の女子としては、極めて。
あたしの周りには素敵な女の子がいっぱいいるが、たいがいの素敵な女の子には、そこそこに素敵な男の子がくっついている。天使のようなK子にそういう男の子がいなかったのは、彼女が人の世話にばかりかまけて、自分のことをすべからく後回しにする性質だからで、女性として大きな問題があるわけではない。
だから、友人たちは口々に「もっと積極的にならなきゃダメよ」などと煽っていたのだが、案外にも彼女はテレビマンとの合コンに出向いたりもしていて、決して消極的なわけじゃなかった。但し、その合コンの席で、大憤慨した彼女はテーブルをひっくり返して一人帰ってきたそうだが、それでも、消極的なわけではなかった。
どうやらママの画策らしい。
連日ママのお見舞いに来ていた彼を、病床のママが「もっと責めなきゃダメ!」と叱咤激励し、彼が一念発起して、とうとうK子を押し切ったそうだ。「とうとう」はママじゃなくてK子だったんである。
話が決まった途端、ママはみるみる回復したと言うから、本当にめでたい。
「あんた、ウェディングドレスとか赤ちゃんとか小出しにしたら、ママ、あと五年は生きるよ。でも、あんまり引っ張ると危ないから、迅速にね」
「そうだね。彼とも、赤ちゃんすぐ作ろうって言ってるの」
「ほんとだよ。いっぱいやるんだよ。いっぱいやればすぐできるからね」
などと言いながら、あたしたちは電話口でぐずぐずと鼻を啜って泣いた。
ママの体調を盗み盗みで結納などをして、今月の、K子のパパの誕生日に入籍する予定だという。
K子のパパは某局の有名ディレクターで、放送作家だったあたしの父と永らく組んで人気番組を担当していたが、あたしの父が死んだそのすぐ後に、やはり急に亡くなっている。
女ばかりの家族で大黒柱をやってきたママは、K子が心配だったはずだ。病気で辛いのは本人だし、いっそ楽になりたいと思うことがなかったとは限らないだろうに、そのときを乗り越えてまで、彼女の一番の幸せを見届けたかったんだ。
それはつまり、ママ自身の結婚が、何よりママにとって一番の幸福だったからに違いない。
K子は、「ずっと絶望的な気持ちだったし、こんなことになるなんて思わなかった」って、どこかキョトンとしているふうだ。
彼はなんて素敵な男の子なんだろう。K子はなんて幸せな女の子なんだろう。
こんな幸福な出来事が、映画や小説ではなく日常に起きるんだから、たまらない。
ビバ!ビバ!
女の人たちには、ずっとずっとちゃんと、誰かの娘でいて欲しい。
男の人たちにも、ずっとずっとちゃんと、誰かの息子でいて欲しい。
そんなふうに感じるのは、自分の子供があるからだろうか。
いきがって一人で人生やってるみたいな大人になっちゃいけない。
- 2007/03/02(金) 02:46:51|
- 雑感
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(ブルーハーツのブログの方では)ハーメルンの笛吹きのように、コメントを見た人をたぶらかして……、なんていうつもりは全然なかったです、はい(笑)
本当に素晴らしいお話です。お母様も、彼も、ものすごく強い意思力で自分の理想を目に見える現実にしてしまって、そのことごとくが命がけで誠実で、みんなが長く待ち望んでいた幸せの形が結局本当に現れてしまった!なんて、読んでいるだけでもぞくぞくします。
目立って面白いことが長い間起こらない状態も、悪いことばかりじゃないのかもしれないな。なかなか扉の開かなかった場所にこそ、奇跡みたいな現実を作り出すエネルギーが、いつのまにか山のように蓄えられていたりして。
(そして)
かぜはお大事に、です。
ぼくは風邪をひいたときには、生卵をそのまま飲んで寝ます。ゼッタイできない!って思うかもしれないけれど、免疫戦隊は大喜びしてくれると思います。
- 2007/03/04(日) 22:12:57 |
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- レフ #-
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>レフさん
風邪は小康となりました。心配をありがとうございました。
「なんかいいことないかなー」と言うたびに幸せが逃げていくと言いますよね。彼女自身は、これまでに少しの不満もなく不幸せと思ったことなどない人だと思います。いつも「どうしてあなたにはそんなに可哀想なことばっかり起きるの!」と、あたしの身の上を嘆いてくれていたくらいで 笑。
誰のせいにもせず、ただ黙々と自分のすべきことをしてきただけと彼女は言うかもしれませんが、なかなかできることじゃありません。それこそが奇跡のような幸せを起こす心得なんだなあと思いました。
- 2007/03/06(火) 01:14:37 |
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- まえかわ #-
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