仕事部屋

風邪熱小宇宙。

サムギョプサルでしっかり栄養補給をしたはずなのに風邪っぴき、午前中にプロデューサーからの電話で起きて二度寝、起き上がったらすっかり夕方で、つもりにしていた衣替えもできずPowerbookG4も弄れず、ただグズグズと「明日は何をすればいいのか」などと考えて1日を潰してしまった。

少しでも生産的な1日にしたく仕込んだ牛スネ肉・新じゃが・しめじ・大蒜・小松菜のスープ、仕上がったのが0時過ぎでそれがその日の1食目、満腹したら眠くなったので早々布団に潜り込んだが発熱で起きてしまい、風邪薬飲む為に夜食、薬が効くまでブログの過去記事など。

自分の過去記事が面白い、なんでこんなにあれこれ考えるんだろう、怠け者と自覚していたけれど案外ちょこまかとよく動いて人に会っていたりもする心外、時折ひやっとさせられる独善的な記述もあるけれど、私は自分のファンだから赦してしまう。

それでも、本当の心根のところはやっぱり語ってないんだな、読み返していくうちに「あ、このときはここに書いてないあんなことがあってほんとはもっと辛かったはず」とか「このときは一人で大暴れするくらい怒ってたはず」とかが思い返される、要はネタメモ、備忘録としての記述だから当たり前なのだけど。

こんなことを考えた、こんなふうに感じたという控えだから、読み返して「それイタダキ」と思うこともしばしば、WSや小説教室のメソッドに使えそうなネタもあったりする、なのに恋愛に関しては参考になるようなことが一つもないあたり、自分好きの限界なのか。

日報のあの人は風邪ひいたくらいのことでは心配してくれず、もっとのっぴきならぬ状況であるとは承知だけれど、奮起させる言葉が返せない、それでも弱音や開き直りが届くとなんだか安心したりする、電話とかすりゃいいのかもしれないけど。

寝込む前に観ていた黒沢清の「カリスマ」、冒頭に塩野谷さんでびっくり、次に初代旦那でまたびっくり、若い顔をみたら一緒に過ごしていた時間をちょっと思い出した、私のした酷いことと、それを赦してくれたことなどの切ない反省。

結婚前の挨拶のとき世話人に「アサコはこれまで男切れたことあった?」と訊かれ「ない」と答えたら「そうか、1回くらい切れて独りの時間を経験してから結婚した方がいいんだけどなあ」と言われた、それが実践できたのは3度目の離婚の後で、ぽつぽつのボーイフレンドたちも途切れて半年間だけ独りになってから4度目の結婚をしたんだった。

けどそれも終わってしまったから独りになることになんの効果があるのか結局は判らないままだけど、今はまた独りになって、そういやもう1年になるんだなあと気づいた、んで離婚して1年経って四代目旦那と一緒にバンドやったりするんだけど、どうしてかそのことを日報で報せられなかった私がいる。

なんでだろう、なんでですかね、自分でもわからない、けれどバーチャルダーリンや大学生男子との逢瀬も報せられなかった、まあ別に報せなきゃいかんということもないんだろうけれど、てことは報せちゃいかんということもないはずで、妬いたり妬かれたりするあれじゃないんだから、ただの話題の一つなのに。

自分のそういう心情が今もよく判らない、会って話すとか電話するとかの習慣があれば話してただろうけれど、ブログに書けてもメールに書けないそれってなんだろうなあ、もしやブログに書かないそれと同じように心根の部分だから書けなかったのか、確かに未だ全開で関わってはいないと自覚しているけれど。

電話もしないし会わないし何を約束したわけでもないし正確な立ち位置が見えているわけでもない、ただ日報をお届けするだけの、気まぐれな反応を愉しむだけのそれで、自分のこころは承知しても向こう側のそれは計らずにいようとしているから、それを形にしようとも思わずにいる、それでも日々落ち着いた穏やかな気持ちでいられるし、不安も焦燥も傷心もせずにささやかな願いごとを秘め、短く言葉を交わす一瞬に満たされて、自分のまんまでそのまんまそこにいて、何を待つでもない。

あ、正しくは待っている、状況の変化ではなく、ただ、その人の心がもう少しだけこっちに近づいてくれるのを気長に待っているのだけれど、それだってその実はもう充分に近いところにあると感じている部分もあって、本当になんだかすっかり満たされてしまっているような気がする。

「そんなのマエカワさんが保つわけないじゃないですか」と小形くんに嗤われるそれだけど、「このまんまじゃ絶対すぐに飽きます」と断言されたりもするけれど、確かに熱病じみた恋愛ばかりしてきてはいるけれど、私が今欲しいのは穏やかなそれで、穏やかってのはつまりブレナイってことで。

信頼が、尊敬が、人としての価値が、必要な関わりが。

今は、そういう芯の部分を育む時間なのだと自分では思うから、それでいい、と自分に言い聞かせるようなところもなくはない、そのまんまでいいと思ってるわけじゃない、けれどきっとどこか逃げ腰に警戒してしまっているんだろうなあ、私が計らないせいか、向こうもこっちを計らない、ただ意固地にそれぞれが勝手に感じ取ることだけを信じて、そこにあることだけを見て、推察も誘導も計算もないまんま、ゆらゆらと、つらつらと、軸のないまま、蚕の糸が繭を作るみたいに。

あやふやでひらべったいものって、言葉にするとなんでこんなふうにちょっと美しいものに思えてしまうんだろう、そんなんじゃなくて、そんなふうにキレイに感じてるつもりは全然なくて、ほんとにただなんでもない、触れたら壊れてしまいそうなそれしかないから、触れずにいるだけのことなんだけど。

「何もない」と「何かある」の隙間は、小宇宙だなあ。

ああ確かに、そのことについて考えるのには飽きているのかもしれない、どう考えたって何も変わらないから、もう考えなくなっていた、けれど小宇宙はちゃんと身体の真ん中にあって今もぐるぐる彼方を呼んでいる、風邪熱でぼうっとしているときにはやっぱり恋しく想う、そして私はそういう甘ったるいことを絶対に言わない。

などとふわふわしたことを考えている場合ではない、風邪が悪化しようが、明日はゲラでの重要な書き足しについて熟考せねばならないのだった、そしてできれば衣替えを済ませたいし仕事道具の設定も終わらせたい、週末には萎え気味のままにコーチング3連勤が控えている、まずは風邪を治す、そして年内の予定をもう一度きっちり立て直す、ライブまで1ヶ月、長編脱稿目標の年末まであと3ヶ月、次の公演まであと10ヶ月じゃないか。


  1. 2011/10/04(火) 06:14:08|
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