仕事部屋

アンチ・ヘラクレス。

忘年会明けは引き蘢りで休養、今日は高円寺に立ち寄ってからイクマに甘えて月刊根本宗子の「この世で一番幸せな家族」@タイニイアリス、弱冠22歳の座長がセーラー服着てるあたりついつい自分の当時を振り返る、大人の芝居書くんだなあ、背伸びなのかリアルなのか、どうしても筋書き先行で紙芝居的になるけれど、稽古積んでく地力がつけばオーソドックスなきちんとした芝居を作れる人なんだろう、イクマの狂気も今回は不発、新谷真弓がすっかり大人の女になっていてちょっと驚いた。

この数日で不安の黒雲にぐるぐる取り巻かれている、コーチングのバイトも丸々一ヶ月休んで当然ながらカツカツ、しかもキャスティング時期とあってここ数年になかった観劇率で泣きっ面に蜂、今年一年ずっと泣きっ面で蜂に集られていたけれど、泣きつける友人がいて良かった、もはや来年のことを考える余裕すらなく今日明日生き延びてナンボの切羽、しかし不安のおおもとは生活不安とはまた違うとことに派生しているのだから面倒臭い。

たとえば種があって芽吹く、そのときにその種が枯れるとしたら、やはり芽も枯れるのか、育もうとするそこにばかり気を取られているうちに種を腐らせてしまいやしないか、そもそもその種はいつになれば芽吹くのか、というような不安。

たとえば好きな人がいて、その人に嫌われることよりも、自分がその人を嫌いになってしまうことが怖い、というような。

自分が一番信じている、自分自身の内側にあるそれが、ある日ふと気づいたときに見当たらなくなっていたら、何を信じていこう。

そういえば、私がまだ子供だった頃、「お前はとりあえず役者をやれ」と言ってくれた人がいて、そう言ってくれる誰かがいるうちはやってみるかなと続けてきた、その途中でその人はいなくなり、ひたすらに忙しなく何やってんだかというような虚しさしか残せない自分がぽつり残った、だけどそのときは、「大丈夫か。つらいだろうけどしっかりやれよ」とそんな私を心配してくれる人が他にいて、失くすばかりじゃないのだと教わった。

そう信じる。それも悪くないと、信じなければ始まらない。

だけど、私が欲しいものは、きっとそれじゃない。
うっすら気づいて勝手に傷ついて、身動きの取れない今は自分の中のそれを失うことだけが怖い。

だから本当は引き蘢って毛布被ってただ眠っていたいような心情なのだけど、それは自分の胸のうちを突き詰めることのようで、また恐ろしい。
突き詰めたくなどない、ただ放置して、ある日そっと覗いたらいつの間にかさっぱり消えてなくなるような、そんなことならいいのだけれどなあ。

飛び込んで突き進む自分にばかり目がいくけれど、臆病さは根深くて、ここぞというときにひそひそ足裏をくすぐって「あんたほんとは怖いんだろう」とニタニタ笑いを向けてくる。

闘う相手は常に自分自身であると言ったのは誰でしたっけ。
私はもっと自分を甘やかしたい。
  1. 2011/12/19(月) 22:31:06|
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