仕事部屋

上出来じゃないか。

また同じ失敗で猛省の自己嫌悪、今度は心配させるわけにもいかず黙々自己軟禁で内省、耐えきれず夜中の散歩で大きな月、くっそう!と珍しく悔しがってみたりして、どうしようもなくなって放置していた構成案一本を概ねまとめて夜中に送信、明けての今日は反動でがむしゃらの活動日、正午に仕事の連絡あって俄然意地が湧く、まずは渋谷で試写、道すがらメールでやり取りし始めた案件が試写の終了と共にいっぺんに動き出し、そわそわしながら新宿でFPアドバンス社長と打ち合わせ、解散後、駅の通路に立ったままひたすらメールのやり取りで雑務を進め、次までの空き時間を確認して下北沢に移動、チャンスをがっしり掴むためワンタッチの挨拶済ませ、電車内で書類関係の雑務をやりつつ阿佐ヶ谷でバーチャル・ダーリンと合流、興奮気味だった心持ちがほうっと解けたのも束の間、忘却の彼方であった準備会稽古映像の一部を見せてもらい絶句、自分がしたことなのに観ても何一つ思い出せない、感覚も感触もない、しかもなんでそんなことになったのかまるで想像がつかない展開の稽古になっていて心底の驚愕、バーチャル・ダーリンにも「飲み過ぎ」と警告されだらだらと反省の弁、映画やら芝居やら恋愛ごとやらを挟んで結局は愚痴、私はどうして必死になれないのか、何故に一生懸命ができないのか、どうしていざというときに踏ん張れず逃げるのか、適当にそこそこやって、その結果に満足できないから未だここにいるのに、必死の結果を出すのが怖くてまたそこそこで誤摩化してしまう、つまるところ目前の問題一つに絞って集中できない性質なんだよなあってのはダーリンと話した通り、一つ一つを丁寧に置いてかかれない、枝葉の広がりばかりに目がいってしまう、大事な結果を出せない、次こそ踏ん張ろう、今度こそ必死に食らいつこうと思いながら、必死のつもりでいても余力を残してしまう、その余力をすべて振り絞った先の結果を誰よりみたがっているのは自分自身のはずなのに、どうしてそれほど自分を信じられないのか、もしくは何故私は私を赦してしまうのか云々、早めの解散で帰宅して日中の活動に伴う残務少々、別件を電話で確認、メールで反省を追伸、落ち込む暇こそないけれど未だ反省は続いている、反省しているはずなのに頭の中にはまた別のことが浮かんでいる、それでもまあ今日に限っていえば、旧い人と十数年ぶりに偶然の再会をし、新しい人と意図的に初めての面会をし、反省すべきことを抱えながらも進めなければならないあれやこれやをぐいぐいと動かし、ささやかながら他人様の手助けをし、愚痴ろうとも落ち込まずにやり過ごしたから良しとしたいところ、だけどきっと世の中の働く人にはそれが当たり前の毎日なんだろう、そこで自分を甘やかしているからいかんのだろう、そうだろうとは思うけれど、一日にこんなに動くなんて私にしては上出来だ、誰にも褒められなくともやればできるじゃないかと言いたい、しっかりしろとエンジン蹴り上げたい、じくじく内省して何かやったつもりになってちゃいかん、明日死んでも悔やまない毎日なんて生温いじゃないか、悔やまないよう加減よくそこそこやってるせいで生きてるうちから悔やんでるんじゃないか、あんな言葉は二度と聞きたくないし言わせたくない、もういっそしんどいもん全部こっちに持ってこい、全部やってやるって気になるんだから、これも一種の調教なんだろうなあ、腹立たしいことだなあ。




  1. 2012/03/14(水) 02:43:55|
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