仕事部屋

果てしなく拓いて、乾いている。

稽古が順調過ぎて通し二回やっても20時には終わってしまう、役者たちと飲んで帰るにもぶらり飲みに行くにもちょうどいい時間なのだけど誰も付き合ってくれなかったので真直ぐに帰宅、昨夜は松永玲子のことしか考えてなかったのに明日は稽古が休みと思ったらふいっと芝居のことが頭から抜けてパンドラの箱を開けたようにこのところ押込めていた「今はいらない思考」が立ち昇った、うわちょっとヤバいかもと思ったところになんのテレパシーかベベ子、N.Y.の日比くん、佃さんと、ニコニコできるようなメールを次々貰って救われた、人のつながりに助けられてるなあと実感して、どんなにしんどくても人とはしっかりつながっていこう、後がどれほど無惨なことになってもその為にはどんなことでもしようなどと改めて飲み込んだ、考えてみれば、そう決意して食らいついて通じなくて萎えて、ずたずたになって助けられてまた決意して取り戻すことの繰り返しなのだ、それを繰り返すことでしか生きていけないのだともう散々に知っているのに、それでもやっぱりココロ折れるときがあって、捨てられないのわかってるのに投げ出したくなったりする、たった一つ望んだことの見通しが無さ過ぎてもう諦めようかと煮詰まっていた、望んだこととは違えどそれならいっそ自分なんぞ捨ててしまって新品の人生をやってやろうかと、実のところかなり具体的に考えていて、タイムリミットも設定していたし、それまでに果たさなければいけないあれこれを並べ、もうすぐ全部捨てるのだと決めたつもりで、それだけを希望にして走ってた、そういやこないだ川瀬陽太に「このところやたら詰め込んでるね」と言われて「生き急いでるからね」と答えたら「それはでも昔っからそうでしょ」と指摘されて「そうかも」と、だけど生き急いでるのは自分の都合じゃないんだよなあ、信頼する人たちが、愛おしい人たちが、うかうかしているとさっさと人生を終えていなくなってしまうのを知っているからだ、あなたのためならなんでもやりますと言える人が10人くらいはいて、本当にそれをやろうと思ったらそれだけで人生なんてあっという間に過ごしてしまうんだから急ぎたくもなるじゃないか、どんだけへとへとになったって今そこにいる人の手を取って走らないと辿り着けない気がする、怖がったり戸惑ったり熟考を理由に先延ばしする余裕がない、粗忽だろうが無謀だろうが行き当たりばったりだろうがまずは取っかかるしかないじゃないか、そもそもが答えを出すよりも問題に取り組むことに歓びがある性質なんだろう、取り組めばいつかは答えが出る、より良い答えを想定する隙なく取り組めばどんな答えが出たって失望することはない、失望はいつだって取り組まなかったことにあるんじゃないのか、絶望はいつだって答えを想定するときに脅かされるんじゃないのか、だからやっぱり捨てるのだって拾うのだって想定する必要なんかない、満たされることを思い描いたりもしない、いつまでだって乾いててやる、果てしなく拓いて、乾いていればいい。


  1. 2012/06/28(木) 02:46:39|
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