仕事部屋

ベベ子のこと。

ずっと憧れのひとだった。
小学生の私に伊佐山ひろ子の本を読ませたのは、うちに住み込んでいた父の弟子だったと思う。
桃井かおりを真似たようなアンニュイを演じるその若い女性にとって、桃井かおりも伊佐山ひろ子も同じように羨望する対象だったのだろう。
私には違った。

中学生になって、好きな女優は浅茅陽子と伊佐山ひろ子と言うようになり、周囲の友達とは興味の対象が違うんだなと気付いた。
因みに、好きな俳優は関口宏と森本レオだった。

ベベ子にそれを言ったら「変な子ども」と笑われた。
「両極端だよね」と、少し真面目に言った。
照れたんだろう。

私がにっかつロマンポルノに出て、その映画が一般映画に混じって褒められたとき、荒井晴彦が
「にっかつやってこんなふうに評価されたのは伊佐山ひろ子ぶりだよ」と、少々のお愛想を言った。
どんな賞を貰うより、伊佐山ひろ子ぶり、と言われたそれが嬉しくて、覚えてる。

初めて書いた小説が本になって、色んな雑誌に紹介された。
その都度、編集者がFAXしてくれる、そうした記事の中に、伊佐山ひろ子という名前があって息を呑んだ。
書評の連載をしていたことすら知らなかったし、一体誰が私の本を伊佐山ひろ子に読ませてくれたのか、神様に感謝した。

小説雑誌で、ロマンポルノの女優たちをルポする記事を書くことになり、絶対に逢いたいと伊佐山ひろ子の名前を挙げた。断られると思ったけれど、逢えた。
書評に取り上げて戴いたことの御礼を言ったら、
「それで、前川さんのお父様は今も鞄を作っていらっしゃるの」と言われた。
「あれは小説の設定です」と説明したけれど、あんまりわかってないふうな顔だった。

それから、映画芸術での再会だ。
伊佐山ひろ子の新作小説をレビューしませんかと言われ、怖いより嬉しいが先で、引き受けた。
もう二度と逢う機会がないかもしれない憧れの人への、恋文みたいな書評だったと思う。

三本目のモグラ町をやってたとき、開演2分前の劇場で、調光室にいた私のところに受付からメモが届いた。
「伊佐山ひろ子さんがいらしてます」という走り書きに、ぎゃっと叫んだ。
自分が出るわけでもないのに、猛烈に緊張して吐きそうだった。
調光室から客席を見下ろすと、ちょうど、女優じみた帽子の頭が、最前列に腰を下ろすのが見えた。
出演していた渡辺真起子が誘ったのだと後から知った。

芝居の後の飲みに誘ったらふらふらついてきた。
龍昇が隣りに座りたがって煩かった。
ベベ子は、私が書いた書評をどれだけ編集者が喜んでいたかを一生懸命に話してくれた。
「ほんとなのよ、ほら」と、編集者からのメールまで見せてくれた。

その時、真起子と三人で連絡先の交換をし合った。
親しげにするのは厚かましいような気がして、ご来場ありがとうございましたというメールしかできなかったけれど。

去年の春、ベベ子から電話をもらった。
「三島由紀夫賞にノミネートされてるのよ」と興奮した声だった。

その次は、コットーネの企画をもらってすぐ、「小劇場の舞台、興味ありますか」と私が連絡した。
「あります」と言ってくれたので、Pから交渉してもらうことになった。
出演を決めてもらってしばらくしてから、よろしくお願いしますとメールしたら、
「段々昂ってきました。今年はこれ一本のつもりで頑張ります」とお返事があった。

今年最初のコットーネの公演に誘ったら「行きます」と言ってきてくれた。
Pに紹介し、一緒に居合わせた芝居仲間との飲み席にも付き合って、機嫌よく喋ってた。

それから、顔合わせがあって、稽古に入った。
稽古中は、おかずの残りや多く買い過ぎたパンを私に分けてくれるのでベベ子の餌付けと呼ばれた。
西瓜が食べたいと稽古場でぼやいていたら、次の日にはきれいにカットした西瓜をタッパに入れて差し入れてくれた。
稽古中に季節のものをちゃんと食べられるのは嬉しいねえと皆で美味しく戴いた。

稽古打ち上げの席で、松永さんや明星さんのことを、「私にはわからない不思議な人たち」と言うので、みんなで笑った。
「あなたはわかるわよ」と私に言うので、もそもそした優越感が湧いた。

そのくせ、ベベ子は私のことを「オヤジ」だの「意地悪ばばあ」だの言う。
もう芝居なんかやらないわよ、次にやるときは演出をやって、今度は私が前川さんを虐めるの、と言う。
決まり事が苦手なベベ子に演出なんかできっこないと思うけど。


コルセット、本日劇場入り。


  1. 2012/07/02(月) 13:37:00|
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