仕事部屋

うんざりが相応しい。

5日、スズナリにてtsumazuki no ishi「ガソリンホットコーラ」。

tsumazuki no ishi を観るのは4本目、間には寺十さんと鵺的やって愛仮やって来年もまたやることになって、座付き作家のスエさんには名古屋行ったとき遊んでもらって、うちのWSの連中も何人か引っ張って雑用に使ってもらって、たくさん色んな人を紹介してもらって、劇団員の方々の外部出演の芝居もたまに観て、紹介してもらったスタッフさんとも仕事して、人手の少ないうちの公演では女優さんたちにフル稼働で手伝ってもらったりして、しかも今回は旧い知り合いも出演してて、などなどがあるから私個人の感覚ではとても仲良くしてもらっている劇団で、そういうことも含めると、他の劇団を観るときほどフェアな視点は持てないのかもしれないけれど、だからこそフェアに観たいと思って必要以上に身構えるのも事実で、といってもフェアになれないからって身内意識で観ることもできず、思い返せばいつもなんだか中途半端な視点でぼんやり眺めていたような気がする。

私には芝居を観る目がない、芝居を観ることは私にとっていつでも日常の中の一つの体験で、近所にできた新しい店にぶらっと入ることや、いつもの店でいつもの食材を買うことや、押し入れの整理をしていて失くしたと思ってたものを見つけたりすることや、眠いなあと思いながら渋々に犬の散歩をするのと同じで、特別なお祭りごとや楽しみなイベントと感じることがない、そう言ってしまえば自分が芝居をやるってこと自体がそういう感覚だから、その時点で多分「芝居を観る目がない」んだろうと思っているのだけど、隣りのおばさんの機嫌がいいとか悪いとか、天気がいいから洗濯しようとか、大家さんち改築するらしいとか、あの店やっぱり閉めちゃったんだとか、そういうことと同じように、その日にそこで目にする人々や風景を眺めて、あれやこれやとそれっぽい感想を持つことはできる。

眺めると言うが見えてはいない、私には舞台上の役者の顔が見えない、ただでさえ芝居を観る目がないのに物理的に役者の顔が見えていないので、私にとって芝居を観ることは「観る」のではなく「そこにいて感じ取る」だけのことだ、つまり舞台上で起きている出来事の殆どを目撃できないまま何が起きているのかを感覚で捉えているという曖昧な受け止め方しかできず、負け惜しみっぽく言えば、役者の表情がどんなに素晴らしくても、表情なんてのは心情から生まれるもので、心情ってのは表情以外のところでも充分に感じ取れるわけだから、それを残念と思ったことがないのだけど、目撃していないから情報量がとても少ない、感想を持つにも感じたことをそのまま言うしかなく、結果いつも全体的な印象を茫洋と語るだけになってしまう。

それでも充分に遠い世界の見知らぬ出来事として観ていられたのはそこに築かれている世界観に破綻がないからだろうし、生意気を言えばこの4年で役者さんたちにできることが格段に広がっていて、それはつまりあれこれをトータルした劇団としての底力がぐいと上がったということで、これまでずっと寺十さんがその先頭を全力で突っ走って道筋を作ってきているのは事実で、みんながどどどっと轍に傾れ込んでいく勢いというか闇雲さというか、いい年したお兄さん方の今さらのフルスロットルぶりにただただ唖然とさせられるというか、客演さんに頼ることなく劇団の人たちががっしり支柱になっていることの安定感を、このとき初めて観た。

物語の時空間は捩じれて悪夢のようだけど、スズナリの舞台の上に立っているその人たちの時間はどうしようもなく真っ直ぐでぶっとい。
どれほど歪な物語でもするり誘い込まれて入っていけるのは、その枠組みの安定感あってこそなんだろう。
これまでの数本はふわふわボヤボヤした視点から眺めて何もまともに見えておらずホンに引き摺られるばかりで佇まいがおぼつかず物足りなさや心許なさばかりを感じ取ってきたけれど、捩じれた居心地の悪い世界観をくっきり描くために何より必要なのは、それだったんだなあ。
なんというか、ぐるりと地面に丸描いた内側に、ようやくみんなが走り込んだ感じ。

しかしまあ、やればやるほど次々課題が生じるのがエンゲキ人生なんだろうなあ、この人たちは途方もない道のりをゆくのだなあと考えたら心底からうんざりが湧き上がって、ああほんとにエンゲキって嫌だなあと感じた。
なんでそんなふうに思うのか自分でもわからない、エンゲキが嫌なんじゃなくてこの芝居が嫌だったのかtsumazuki no ishiが嫌なのか、こんなとこでこんなもん観てる自分が嫌だったのか、ともかく「うんざりした」というのが感想で、はっきり貶したつもりも遠回しに褒めたつもりもない、「うんざりした」ことがいいのか悪いのか自分ではわからない、これを観てエンゲキっていいなあとか役者さんを素敵だなあとかは微塵も思わないし「面白かった」と言うのも憚られる、ついつい省略して「面白かった」とか「良かった」とかの言葉を口にしてしまうけど、突き詰めれば少しもそんなことは感じておらず、そしてまたtsumazuki no ishiを観る視点として、それは随分と正しいような気がしている。



  1. 2013/09/10(火) 02:19:37|
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