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仕事部屋

フランスのすあま。

亭主がカヌレを買ってきて「これなに?」と訊くので「フランスのすあま」と答えた。
カヌレは焼き菓子だから正しくはないけれど、食感的にはすあまだと思う。

私も娘も好きなものを飽くことなく繰り返し食べるのだが亭主は常に目新しいものを食べたがる。
私の父もそうだったが父のそれは職業柄だったのだろう。

亭主は「好みのもの」を未だ探しあぐねているような節があり、食べ物にしろ衣類にしろ買い物に迷う。
アマゾンのサイトをうろついて仕事用の安全靴を買うというから明日にもアマゾンから届くのかと思いきや、暇があればホームセンターまで出向いて試し履きをし、そこから更に迷って、安全靴など履いたことのない私の意見まで聞き、更に熟考した上で結局はアマゾンで注文するという具合だ。

私は買い物が早い。頭の中で常に欲しいものリストが更新されている。好みのディティールがいちいち細かいので、もしかしたら私の好みにぴたりと嵌るそれはこの世に存在しないのではと思うことすらある。だが見つける。様々な情報から思い描いていた理想形に近いものを発見すれば迷うことなく買う。
今一番欲しいものは闇金ウシジマくんのフィギュアなのだが、これは私が買ってもいいと思える値段では見つからず、「欲しいのはコレなんだけど高いんだよなあ」と買わずにいる。モノの値段にも好みがあるのだ。

「好み」という考え方は幼い頃に従姉妹から学んだ。
高知に住む従姉妹が大学に入る前に東京に遊びにきたので、買い物に付き合った。
セーターが欲しいというので、いっぱしのガイド気取りで渋谷〜原宿あたりを歩き回って探そうと提案したのだが、「煉瓦色のが欲しい」と、彼女の目的は明確だった。ぶらぶら歩き回って目を引くものを手にするような買い物しかしていなかった私には、「こういうものが欲しい」というはっきりしたイメージを持つ彼女がかっこよく思えた。
オレンジじゃないし赤じゃないし茶色じゃないしと探し回ったが、結局見つけられずに買わなかったのではなかったか。今は煉瓦色のセーターなど珍しくないのだが、あの頃、そんな色合いのセーターはなかなか見つけられなかった。

亭主の買い物の仕方に、もう30年近く会えていない従姉妹を思い出した。
イメージを固めるためのリサーチに手間隙を惜しまないのは良いと思う。
なのに何故おやつに限っては、食べたことのない=どんなものだか今いちわからない冒険を好むのか。
やはり、好みがはっきり固まっていないのではないか。こどもか。発見したいということなのか。
私はおやつに冒険はしない。

娘はおやつを手作りする堅実派で、無駄な買い物をまったくしない人だ。
節約を心がけているというよりは、娘自身に欲しいものがあまりないらしく、たまに孫の衣類を買い足す程度で自分の買い物は殆どしない。好き嫌いの傾向はあっても、どうも自分の好みに今ひとつ自信がないようなところがある。
衣類は中学生の頃から現在までほぼ私のお下がりを着ているから、自分の好みで自分のお金を使って買い物をして失敗して後悔するような経験が少ないせいでそうなっているのかもしれない。
孫に冬物の帽子を買ってあげたいとしばらく探して、これというものがなく買わなかったが、気付いたら手編みの帽子を作っていた。
だから、好みのイメージはあるのだろうが、いざ自分のものとなると「間に合っている」感じだ。
そもそもの欲望が薄いのか。娘にしろ亭主にしろそれが普通で私1人が強欲なのか。

2歳になった孫はあれ買ってこれ買ってがまだないが、食べ物に関する執着が凄まじい。
自分の名前も覚えていないくせに、食べ物には「おいしそう」と言う。好みはバナナである。
朝起きると台所でバナナを探し、目を放すとこっそり炊飯器からご飯を食べるが、炊飯器の蓋が開けっぱなしになっているのでバレる。亭主が買い込んだ目新しいおやつも真っ先に見つけ与えられるのを待たずに手を出す。
起きてきた亭主が「こら」と言うと踊って誤魔化す。自分が覚えた踊りを亭主に教え込んでいて、亭主は弟子の如く孫に倣って踊る。亭主が孫を可愛がっているのは無論だが、この頃は孫が亭主を可愛がっているように見える。
孫は、太々しさと強欲さが私に似ている。



  1. 2019/10/31(木) 01:42:39|
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