仕事部屋

いらないもの考。

あらゆるものを持っていても、望んでいるたった一つの欲望が満たされなければ、人は不幸せなのだ。切望のそれこそが不幸せの原因とわかっても求めることを止められないのは、不幸せそのものを欲しているからなのか。

ばかばかしい。あたしは一秒だって不幸せなんて感じたくないよ。

不幸せは、あたしの天敵だ。わずかにもそれがあると身が竦んで何もできなくなってしまう。まずは仕事ができなくなり、次に生活ができなくなり、しまいには生きているのが辛くなってしまうので、不幸せを感じたときには全速力で逃げ出すことにしている。関わらないことしか身を守る術がない。だって不可抗力じゃん。

ただでさえ世の中にはどうしようもない不幸せ=いやな気分にさせられるものが溢れていて、どれほど用心していても、どこかでうっかり触れてしまうし、いちいち傷つけられるんだから。自分の周囲にある不幸せくらいは自分でちゃんと排除して、自分で自分を守らねば身が保たないじゃないか。

なのに、世の中の人は、どうしてそれほど我慢強く不幸せを抱え込んでいるんだろう。
なんでもいいから抱えていたいってこと?不幸せコレクター?
それとも、世の中の皆さんは案外それこそが幸せだったりするのだろうか。
思えばメーテルリンクの青い鳥ってのは、大傑作なのだなあ。

いやな気分になったときって、瞬間的に感情の動きを止めてしまっているのですね。だから、「いやだな」と思った瞬間以上に腹を立てることもないし、がっかりしたり悲しんだりもしない。ただ、ぽかんとするだけ。この、感情を止めざるを得ない状態ってのが、命取りなわけで。もちろん職業的な危機感もあるし、そんな瞬間、人として必要があるとは思えない。些細なことに傷ついてみっしりと不幸せになってしまう自分にうんざりするから、すぐに死にたくなったりもして危なっかしい。

すぐに固まっちゃうパソコンみたいなもんでしょうか。再起動の手間だとか、保存していないデータの消失だとか、非常にロスが大きい。固まる原因がインストールしてるソフトとの相性だったりするんなら、そのソフトをアンインストールすりゃいいのだけど、パソコン自体がいかれてるような気もするし。

不幸せ一つ取ればどうでもいい些細なことなのだけど、それによって齎される被害がいちいち甚大なんだよなあ。

どうしたものか、と考えるその時間すらあたしには不幸せである。
ああ、もう全部いらないや。
いつもそれがあたしの結論だ。

子供の頃、コーンフレークの袋の中に入ってるオモチャが欲しくて、コーンフレークの中身を全部トイレに流して棄てて、母に引っ叩かれました。そのときにも、あんなに欲しかったオモチャなのに、じゃあもういらないやって思ったんでした。
  1. 2007/08/28(火) 02:02:41|
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