ゲネプロの最中、舞台中央奥に開いている楽屋への通路になるパネルの前を、白い影が何度か過った。
今回の芝居では、出演者全員が開演から終演までずっと舞台上にいて、裏には演出助手の小形がいるだけだ。パネルが幕を張ったものだったりすると、白っぽい服が透けて見えることがあるし、小形じゃないとしてもイワトの事務所の人かなんかが通ったんだろうと思った。
ゲネ後に裏を確認したのだけど、パネルは、ベニヤだった。しかも人が通れるような隙間もなく倉庫への入り口を塞いでL字型に立てられている。つまり、客席から見ると縦長のフレームに切り取られた楽屋口のパネル前を、右から左へと通り抜けることは不可能な状態だ。
んじゃ目の錯覚だろうと。だって、ほんとに何かが漏れて影が出ていたら、すぐに舞台監督と照明さんが気づくだろうし。なんせあたしはビール飲みながらゲネ見物してたから。
同じ日の夜が初日。白い影がまた通った。どの場面だったかは覚えていないけど、舞台上に芝居明かりが入っていて、楽屋口も明るくなっているときに、何度か。
よくよく考えれば、その白い影の見え方は、もしパネルの裏が透けているのだとしても、ちょっと不自然な感じがする。
飲み屋で「本番中、誰かパネル裏通ったけど」と役者に言ったら、塩野谷さんが「歩いてたね。足音、けっこう聞こえるよね」と。塩野谷さんの待機席は上手の壁際なのだが、気づいたのは塩野谷さんだけだったらしい。
んで、ふと思った。
「モグラ町」最初の打ち合わせで久々に塩野谷さんと顔を合わせた翌日に届いた大谷真一の訃報。
塩野谷さんとあたしと大谷くんは「悪魔のいるクリスマス」という芝居を、横浜や新潟で公演したことがある。
大谷くんと仲良しだった稲くんとは稽古帰りの電車の中で思い出話をしたし、その後、大谷くんの家族から流山児事務所に届いたお見舞いの御礼状を稽古場で読み、あたしはちょっと泣いた。
ああ、大谷が観に来たんだと。
あたしには霊感とかそういうのが皆無で、皆がぞくっとする空間にも平気でずかずか入って行くし、見えたとか聞こえたとかの類いの話題に共感した試しがない。
劇場にはその手の話が多くて、お墓がすぐ裏にある劇場なんかだと、やっぱり本番中に誰もいないはずの袖で幕が揺れたりするのを見たことはあるけれど、確信がないし、芝居の進行に差し障らないことであれば、ま、どうでもいいことだったりする。
千秋楽の本番中に、また白い影が通った。打ち上げのときに、音響のナベさんも「見た」と言っていた。その日の客席には、流山児さんも来てくれてたからな。
打ち上げの二次会を先に切り上げて帰宅して、ベッドに入った午前三時くらいに、うちのみどりさんが、部屋の片隅をじっと見ていることに気づいた。じっとすることのない犬が、およそ三分ほど、体と首を伸ばした不動の姿勢で、閉まっているベランダの窓のカーテンを見つめていた。
大谷、きっとあたしに感想を言いたくて、わざわざ出直したんだろう。
それとも、バラシや打ち上げにも参加していたんだろうか。
霊感のないあたしには、大谷が見えないし、伝えたかったのかもしれないメッセージもさっぱりわからないけど、普通に、観たかっただろうなと思ったから、やっぱり大谷が観に来てくれてたんだと確信した。
観に来てくれてありがとうと、嬉しかった。
- 2008/03/12(水) 04:36:01|
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