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仕事部屋

貴重な作業日を一日一日無駄にしている、L・サッカー「穴」晴耕雨読、実際は晴雨遊読なれど。

熱心に情報宣伝を担当してくれているヤスコちゃんのお陰で大盛況のワークショップ、〆切は水曜、また12月以降にも同じスタイルでなんとか月イチ開講を続けたいのだけど、なかなか使い勝手のよい会場が見つからない。

拘っているのは三点、舞台があること、照明が組めること、応募者ゼロでも自腹で支払える範疇での使用料であること。
有り難いコネクションでただもしくはただ同然で使わせてくれる稽古場はあるのだけど、これまでのスタイルと違ってワークショップ公演をやらない単発ワークショップの継続なのでやっぱり舞台・照明のあるところに立たせてあげたい、使用料が安くて定期的な使用を予約できる会場があれば参加費もっと安くできるんだけどなあ、もう長年ノーギャラでやってくれているスタッフにも交通費くらい出したいし、ううむ。

飲み会だと皆「参加費一万円は安いですよ!」と言ってくれるが、何かを教えるのにお金を貰うのは正直気がひける、ただ時間の拘束と交通費、以降どこでも「前川のワークショップに参加しました」と名乗らせてあげられる責任料として有料にしておきたい、もちろん私自身とスタッフのモチベーションにも関わってくる。

まだスタイルは模索中ではあるけれど、十年以上前から言ってることはおんなじだから、里帰りできるワークショップとして続けて行きたい、モグラ町の千里さんが「前川さんのワークショップは灯台みたいで、何かに迷ったときに戻っていけば大丈夫って気がするから」と言ってくれたの嬉しかった。

そのちーちゃん今回は公演ががっぷり、ずっと日程気にしてくれていた鈴木敦子こと津田牧子も山本さんや吉田さんとの公演がっぷり、マキコもなんだかイベント被りなのだが新しくSさんの事務所の女優さんが参加してくれると事務所社長直々からお申し込み戴き恐縮、プロ俳優と一緒にやれるワークショップであることはプロを目指す人たちにはよい勉強になるだろうし、プロにとっても新鮮な感性の中で何ができるかを試されるよい機会、以前マキコが参加したときには八百市場勤務52歳演劇経験ゼロという存在をもの凄く面白がっていたっけ、こちらはそもそもマニュアルがあるでなし、経験値や目的も含めて一人一人を観ているからやることは何も違わないのだけど、そうした付加価値が参加者同士に生まれてくれるのはほんとに有り難い。

ちょっと遠いところから参加したいと申し込んでくれた女子には、身内に「泊めてあげてくれん?」と打診、快諾もらっていたのだが当人の調整がつかず残念ながら今回は参加見送り、快諾してくれていた受け入れ先は毛布新調したりしてかなり楽しみにしてくれていたんだとか、みんな善い人だ。
経験上学んだ理由あって女子は過保護に、男子は過放任にという方針なのです。

劇団やってた頃にも以前のワークショップの頃にも女子高生の参加はあって、まずは親御さんに連絡取って信頼してもらうところから進路相談までがお仕事なのだが、夏の公演のために女子高生が一夏うちに住み込んだときには母上から米と酒が送られてきて、ずっしり責任を感じたものだ、実際には女子高生を一人留守番させてぶらぶら飲み歩いてるような座長だったが、登校日にはちゃんと朝帰りの寝ぼけ眼でお弁当作って持たせたし、皆今は無事に嫁に行って母になってるんだから大したもんじゃないか。

まあ、十代の頃から道ばたで拾った見知らぬ女の子を家に連れ帰って泊めたりしてたからそういうのは嫌いじゃない。

そういえば実家なり妻子なり家庭のある男には手料理を食べさせない主義なのだけど一度だけ破ったことがあった、ハタチの頃、酔っ払ってうちに泊まった妻子持ちにトックを作ったことがある、初めて「愛してる」って自分から言ったのもその男だったかも、嗚呼。

防衛本能は冒険本能をすり減らす。
頭で考えることはココロで感じることをすり減らす。

十五歳の頃、「あなたはガラス細工のようだ。とても輝いているけれど、触れたら壊れてしまいそうな脆さがある」とある人に言われた。
同じ頃、まあた別の人に「お前はもっとバカになれ」と言われたそれと、同じ意味だったんだろう。

頭で考えてしまうのは、畏れているからだと、今はわかる。
畏れることは、別に悪いことじゃない。
だけど、知らないことは、いくら考えたってどうせわかんないだから、時間の無駄遣いじゃん、と思うようになった。
そりゃちょっとは考えた方がいいんだけど、考えるって行為を答を出すためのものだと思わずに、それ単独の趣味として持っていた方がずっと楽しい。

ちょっとだけ考えて、何かほんのちょっとでも何かが見えたら、次にはそれを根拠にしてできることをまずやってみる。
やってみたことについて、またちょっとだけ考えて…と思考のサイクルを短くしていくと、かなり効率がよくなるんじゃあないかと。

ということで、ワークショップの内容は毎回変わっていきます、多分。



  1. 2009/10/27(火) 01:33:30|
  2. 雑感
  3. | trackback:0
  4. | comment:6
<<タイトルなし

comment

それを根拠にして、が勇気に思えます。
昨日「無防備」という映画を見ました。自分を見ているようで、辛くて痛くて、まいりました。そんな気持ちを今一番大事に思える人に伝えて、伝えたことで、自分が今しなければいけないことを痛感しました。そんな一日でした。
根拠にすがる、は勇気でしょうか。
明日には忘れてしまうんじゃないかと、自分を恐れます。
だからここで、やってやるぞ、と前川さんにTwitterします。
これで、すがる根拠がふたつ。
どんだけ弱いんだと、笑っちゃいます。自分。
  1. 2009/10/27(火) 03:21:51 |
  2. URL |
  3. ほ。 #-
  4. [ edit]

見知らぬあなたですが、なんだかカワイイです。
どれほど後悔しようと、実践・実行・実現=現実、であると。
つまり、真実であると。
実っているのです。
  1. 2009/10/27(火) 03:43:58 |
  2. URL |
  3. まえかわ #-
  4. [ edit]

質問してもいいですか

「プロ」って、どういうことですか?役者 に限らずなんですけど。

それをお金にする、がプロかな、と思ったのですが、それだと アルバイト だって プロ になっちゃいますよね。

それだけで喰ってる、が プロ ですか?なんかそれも違うような気が。

プロ に対応するのは アマチュア ですよね。ってことは、アマチュア が存在しないところには プロ って存在しないんでしょうか。

  1. 2009/10/27(火) 23:42:11 |
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  3. Kるま #-
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ふむ、「意識」でしょうかね。「プロ意識」って言う、それ。具体的には些細なことでも、それを透徹してどこの現場に入ってもきっちり自分の技術を提供するって、なかなか大変なことなのではないでしょうか。プロとアマの、一番違うと感じる部分は、私の場合、それです。
但し、それができていないプロもいて、そういう人は「プロ」であるという自尊心を保つために何か余計なことを頑張っちゃってたりもする 笑
自分の好みや思想や主義に関係なくどこに入っても同じだけの技術、ってところだけを考えてみると、たとえばピンクレディーとかモーニング娘。とかSMAPとか、冠にスーパーがつく(ついた当時の)アイドルなんかが、やっぱり「ド」級のプロだよなあと思ったりします。
小劇場の役者は、日によって出来が違うでしょ。テンションとか体調とか心情とか色んな理由があるんだけれど。稽古してきたこと本番でトチったりするしね。稽古休んだりとか。あれ、プロじゃありません。
といって、プロは絶対にトチらないか、というとそんなこたあないのですが、プロがトチってもトチリにはならないみたいな、某かの誤摩化し術があったりもするわけで。てことで、「意識」だと思うんです。「トチっちゃいかん」っていう。
アマチュアが、お金をもらうことによって責任と役割を自覚し、自分に対して厳しくなっていくところに、そういうプロ意識が芽生えるんだと思います。
  1. 2009/10/28(水) 02:18:35 |
  2. URL |
  3. まえかわ #-
  4. [ edit]

プロ って

逃げ場がない、ってことですね。
  1. 2009/10/28(水) 22:53:58 |
  2. URL |
  3. Kるま #-
  4. [ edit]

まったくそのとおりです。
  1. 2009/10/29(木) 13:40:35 |
  2. URL |
  3. まえかわ #-
  4. [ edit]

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