小林千里さんは、最初の「モグラ町」のときに龍さんがキャスティングして、私が初めて会ったのは顔合わせのときだった。
私の台本はアテ書きなので、最初の「モグラ町」は「真夜中のマクベス」に出ていた人たちをイメージして書いていて、キャストが決まって全員の顔合わせをしてから数日後の稽古入りまでにホンを書き直す、ということになっていた。
その人の芝居を観てなくても人柄を知っていれば書けるのだけど、元々の「モグラ町」にはいなかった役だから平井家の後妻で兄弟の幼なじみと年齢が一緒の智子(サトコ)さん、という役回りがお話の都合優先になってしまっていて、ちーちゃんに合わせられるのは口調とかその役の性質とかだけだった。
しかしまあ、当たり前のことなのだけど、やってしまえば智子さんはちーちゃんの役だしちーちゃんは智子さんなのである。それが、二年目三年目と時間を経て、できあがったモグラ町の智子さんだ。
ダメダメな兄弟に振り回されても最後にはちょっといいこと言って家族を取りまとめる、という健気なお母さん像じゃない。
あんたがダメだろと突っ込みたくなるような、お母さんとしてはかなりダメなお母さんで、血のつながらない兄弟にも気遣われて、後妻にきてから授かった娘も決して良い子ではなくて、なんだかどうしようもない。
そういうのをけらけら笑って何も悩まずにやり過ごしてるのが智子さんだ。
三年目にして、兄弟たちがやっと智子さんのしょうもなさを受け入れる。
苦労を気遣って「俺らと智子さんは違うんだから」と一目置いていた兄弟たちにも、「まあ、その実あいつが一番どうしようもない人生やってるってことだよな」と飲み込む。
その心中は語られないけれど、想像するとなんとも切ない。
そういう智子さん像は、ちーちゃんから出て来た。
ちーちゃんは、まるで鈍臭いしあちこちズレてるしで、しょーもないおばちゃんなのだ。
いつも出番が少ないからホンではちゃんと見せ場を入れておくんだけど、毎年決まって稽古中にカットされてしまう。「良い場面もらっちゃった」と喜んで気合い入れ過ぎて良い芝居になっちゃって「全然ダメじゃん」とか言われてカットされる。
カットされると一応はしょんぼりするんだけど、千秋楽が近くなった頃に、「わかった!あれはああすればよかったんだ」とか言い出す。
あー鈍臭い。

近所にいたよ、昔。
身体がすくすく育っておつむのおいついてない鈍臭い子。
私はいつもそういう子にいらっとして意地悪して、でもその子は泣かないで、けらけら笑いながら「遊ぼ」ってまたくるの。こっちはまたいらっとするんだけど嬉しいの。
あの子は、どんな大人になったんだろう。
きっと私みたいな意地悪でずる賢いのにあれこれ押し付けられてしんどい人生になっちゃうんだろう。
それでも「あっはっはー」とかって笑って「へーきへーき」って生きてるんだろう。
役名じゃない方の聡子ちゃんは、去年の「モグラ町1丁目」からの参加。
前回は轟聡子で今回は何故かローザ桂木という名前に変えているけど、決してふざけているわけではない。
むしろ誰よりも真面目だし、時には子ども並みの集中力を発揮する。時には。
私との付き合いは誰よりも長い。
ほんとうに子どもの頃からの友達で、共にちょっと特殊な体験をしてきた仲間の一人だ。
大人になった彼女がものすごく全うに生きて来たのは、その特殊さを誰よりもよく理解した上で、「こんな過去があると絶対まともな大人になれない」と思ったからなんじゃないかと想像している。
けれど、案の定そうなってしまった私を未だ「アサコ先輩」と呼んで慕ってくれているところや、やっぱりそもそも聡子ちゃんはちょっと変ってみんなが承知できるところや、「全うに生きよう」とするバランス感覚みたいなものは、まさしく特殊な体験の中で培われたものだと思う。
芝居の経験はないけれど芝居の在り方を骨の随のとこで知っていて、役者じゃないけれど役者のなんたるかを肌合いで知っているから、素人とも玄人とも言えない、ちょっと変なポジションの人だ。
平井家の文太くんが求婚した由美子さんの、双子のお姉さんの希美子さんて役を考えついたとき、これは聡子ちゃんだと確信して、無理矢理に頼み込んで出てもらった。
「二度と出ません」と言いながら、それからもうちのワークショップに通い続け、ワークショップで出会った人と結婚して、結局またモグラ町に帰ってきた、ツンデレ人生。
ド素人丸出しに下手な芝居をする。だけど、誰より堂々と、そこにいる自分を受け入れて、冷静な客観性を持って観察しているようなところがある。
お芝居の本質なんてのは色々あるしそれぞれのスタイルでいいのだけれど、絶対に自分自身から離れられない、自分そのまんまでやるしかない、っていう私の考え方に、彼女の立ち方はぴったりで、そういう意味合いでは、龍さんと双璧の役者だ。
最初が聡子ちゃんで、ぐるり回って龍さんに辿り着く、ってのが、そういうタイプの成長過程かもしれない。
ともかく、どこにいっても変なポジションにしか立てない人であることには昔から変わりないんだけどね。

そういう人をすんなり受け入れてくれる、つまりそういう人の居場所がちゃんと用意されているってとこで、ちーちゃんと聡子ちゃんがいるだけで、稽古場も劇場も、いかにもモグラらしい空間に仕上がる。
町が出来上がる。
小林千里、ローザ桂木の「モグラ町1丁目7番地」、お席も残りわずか!
- 2010/10/15(金) 11:37:51|
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