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仕事部屋

禁煙治療メモ(1)

禁煙外来を午前中に受診して、日中に友人と軽く飲んだがタバコは吸わず。
夕飯の外食時にはタバコ数本。
自力でも1日10本程度には抑えられたが、イライラしてしまう。
就寝前に治療薬の服用を開始。

目覚めの一服が今いちの味わいで、薬が効いているとわかる。
吸いたくなったら吸ってもいいと言われている猶予期間中だから、時折確かめるように吸って1日10本程度。
イライラなく減らせるのだから薬に頼って正解。

月曜、朝1本吸ってから、タバコを持たずに出勤。
タバコ休憩にはVAPE。
帰宅時には吸いたくなり、帰宅後は立て続けに2本吸う。
その後は収まって就寝前に1本と、1日で5本程度。
タバコを持たずに出かけるのはいい方法かもしれない。


火曜から、朝1錠夜1錠の服用になる。
寝る前のタバコも起きてからのタバコも今いち美味しくないので、特にストレスはない。
禁煙薬の副作用で、不眠・食欲増加などがあると事前に言われていたが、
服用を始めてからは寝つきが良く、朝まで目覚めずに眠れるようになった。
むしろ食欲も減退しており、バターコーヒーを飲んでいるせいもあるだろうけれど、
勤務時間内の食事だけ採れたら夜はプロテインでも充分になった。

金曜に買ったタバコがようやく空に。
これまでは手元でタバコのストック切れ状態になるだけでも落ち着かなかったが、
今回は、「あら、なくなった」という感じで執着が薄い。
タバコ猶予期間はまだ3日あるので、1箱買う。

木曜から金曜、ともに1日5本の喫煙。
イライラは起きなくなった。
禁煙を伝えていない同僚に「タバコいこ」と誘われてついていき、
喫煙所でVAPEを咥える姿を不審がられている。
終業後30分ほど喫煙所で話し込んでも吸いたくはならない。

明日から全面的に禁煙。投薬は1mgが1日2回になる。
あれだけ吸ってたタバコがあっさりいらなくなるんだからよっぽどの薬効なんだろうが、
これまで不眠や食欲増進は現れず、副作用的なものは感じない。
  1. 2019/06/01(土) 01:10:01|
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依存症再考。

タバコやめれば?とは何度となく人から言われていたが、やめようと思ったことがなかった。

堂々と言えることではないが、15歳からの常習者である。
バイトを選ぶときもタバコ吸いがいるか、喫煙所があるかが決め手になる。
世の中がこれほど嫌煙に傾いても尚、配慮より権利を主張して、厚かましい。

喘息発作を起こすこともあるが、発作の合間に一服する。眠っていても4時間で目覚めて一服しないと眠れない。完全なる依存症だからどんな金欠時にもまずはタバコを買う。
これまでは、一人家の中で原稿書きの作業をするか、外に出るとしても喫煙者比率が高い稽古場や劇場や飲み屋に出向くだけだったので、不便がなかった。
原稿作業も稽古場への出入りも殆どなく、週5日の出勤で働いている今も、タバコは減っていない。
やめようと思ったことがないから、禁煙に取り組んだこともない。

ところが、不意に、やめてみる気になった。

第一に、あまりタバコを美味しく感じなくなった。
第二に、依存症は治療すべきと考えた。
タバコだからまだ見過ごされているが、これがお酒や薬であれば周囲に多大な被害が生じる。
今までそうと考えずにいたのは、「自分の意思でタバコを吸っている」と思っていたからだろう。
美味しくないのに吸っている。
ほんの1回か2回でも、そう思うことがあって、改めて依存症を自覚した。

母がアルコールの依存症だった。自分で飲みたくて飲んでいると思っていたから、治療にかかったのはかなり遅い時期だった。
私は依存症治療に関する知識が乏しく、勉強の意欲もなく、家族として無責任だった。
結果、治療は失敗し、母は死んだ。
母が家族を責めることはなかったし、私自身これまで無責任さを自責することはなかったが、医者に連れて行ってあとはお任せという態度であったことは否めない。
なぜもっと真摯に状況を捉えられなかったのか不思議に思うほどだ。

母が亡くなってから、どれほどの孤独があったかと想像するたびに悲しくなった。
もっと生かしてあげられたのに、早死にさせてしまったと思う。
当時も今も、可哀想でならない。

アルコールは怖いと思っているからお酒には注意するようになった。
それでも周囲に迷惑をかけていたり怪我をしたり事件につながりそうな危うい状況が何度もあった。
怖がりながら飲むので、一人で飲むことはなくなった。家でも飲まなくなった。
相変わらず外では長っ尻で記憶を失くすまで飲むタイプだが、
機会がなければ何ヶ月も飲まないので、アルコールには依存症の傾向が見られない。だから安心して、見落としていた。

しかし、タバコは立派に依存症じゃないかと、遅まきながらの自覚になった。
思えば、この夏で私も母が死んだときの年齢になる。
我ながら、なぜ今更不意にタバコをやめる気になったのか不思議なのだが、思いつく理由は「依存症だから」としか言えない。「タバコをやめたい」のではなく、「依存症をやめたい」のだ。

なんとなくそう思うだけなのかもしれなくて決意にならないまま数日モヤモヤと考えているとき、会社近くのコンビニでVAPEに目が留まった。
無駄遣いかと1日考えて、スターターキットを購入した。ニコチンフリーで、味がしっかりしているので、気に入った。
これを代用すれば、禁煙できるかもしれないと思って初めて、タバコをやめる決意をした。

まず最初に、娘にだけ話した。
VAPEを多用して意識的に喫煙本数を減らしてみた。
てきめんイライラして、なんでもないことをヒステリックに怒鳴りつけたりして、禁断症状を自覚した。
抵抗せずに吸った。美味しくは感じないが、イライラは治る。

それから、禁煙外来を受診した。
保険が適用できるが、期間が決められているらしく「1年に1回のチャンスですからね」と医者は嬉しそうだった。
このところ一番頻繁に会っている飲み友達に、話した。

処方された薬を飲み始めた。←イマココ
この薬はニコチン受容体をブロックするらしい。
2週間分の処方で、最初の3日は5mg錠を1日1回、次の4日間は1日2回と増えて、8日目からは1mgが1日2回になる。
つまり最初の1週間は薬を飲みつつタバコも吸える猶予期間で、禁煙開始は1週間後だ。
始まりは意外と生温い。

寝る前に薬を飲んだら、4時間以上目覚めずに眠れた。だが、目覚めてすぐに一服した。
今のところVAPEをひっきりなしに吸い込んでいるが、吸いすぎると口の中がビリビリしてくるので、これはこれで体に悪そうだ。それにまあ、あんまりカッコいいもんじゃない。

ひとまず、禁煙に入るまでタバコは自宅だけとしてみる。
タバコを「やめる」という感覚より、禁煙を「はじめる」という感覚で、ちょっと楽しい。
全12週間の治療期間なので、誕生日を迎えるころには本当に生まれ変わっている予定。
  1. 2019/05/26(日) 11:30:04|
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電子書籍はじめました。

予てより、単行本にできず埋もれてしまった短編を、どうにかしたいと考えていた。友人がkindle出版にしようと言ってくれたので各社の元担当編集氏に面倒をお願いして許可をもらい、原稿データを送ってもらった。絵描きの友人に数点の絵を使わせてもらうことにして、成田くんがデザインしてくれて、必要なものはすべて揃えたのに、かれこれ1年くらいかかってまだ出来上がらない。
その間に、世の中は益々便利なことになっていて、電子書籍は誰にでも簡単に作れるようになったと詳しい人に教えてもらったので、そのうちやってみようと思いながらこれもまた日が経っていた。

で、ようやく完成したので、いそいそ販売しています。

まずは小説現代に掲載されたエロくない読み切り。
もう何稿まで改訂したか忘れてしまったけど非常に手間暇のかかった短編で、掲載時には他社編集氏からわざわざ「あれは良かった!」と嬉しいメッセージを戴いた、思い出深い短編です。
電子書籍にするにあたっては改行やルビをちまちま編集しただけで、原稿はいじってません。
小説現代では宇野亜喜良さんがイラストを描いてくれましたが、今回はヨコヤマ茂未さんのイラストで新装。
kindleとibookとkoboの申請もしたので、じき販売になると思います。

短編小説「純情ビッチ」

  BCCKS版

  Kindle版

  楽天kobo版

  Kinoppy版


ぜひご購入ください。
  1. 2019/05/05(日) 18:59:03|
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偽装と現象。

この1ヶ月に職場は様変わり、部署が一つ閉鎖になって残党の配置換えで全体がごたついたり、そもそもから人員削減されたうちの部署では事務長が退職したことで各々の自己裁量による歪みが出たり、毎月安定して数字を稼いでいた一人が時短勤務を決めたり、気づけば所帯は半分くらいになっていて事務所は移転を決めている。

そうしたストレスからなのか意識があるまま手足が動かなくなって1時間ほど家族を動揺させたりもあり、脳梗塞は以前にもやっているのでまたそういうあれなのか、昨年診断された心身症的なそれなのか不明だが、帰宅してリラックスしている時に不調が出ることが多く、ついこないだまでの一人暮らしなら持ちこたえていたはずと思うから甘えなんだろう。

少し暖かくなったタイミングで一瞬活動的になった気がしたが寒の戻りで出鼻を挫かれた感じ、そういえばしばらく会っていない友人ばかりが増えてしまった、職場との往復が中心で休みの日には一歩も外へ出ないことが多く、段々人と話すことが億劫になっている、ごく稀に同僚と飲み明かすことがあるだけ健全なのかもしれない。

先日の金曜におむすびを拵えて家族で花見散歩に出た、花冷えの中のんびりと歩いて目的地手前で帰路についたが、日頃は皆バラバラな生活時間で全員が顔を合わせる機会は少なく、こうして予定を組まなければただ日常で気配を感じるだけだったりもするから、ただぶらぶら歩くだけでも十分に行楽なのだった。

もしかしたら、何かを生み出すとか造り上げるとかっていうことは、ゆらぎや歪みなどの、何もない隙間やぽっかりした穴というか、かきまぜられる渦巻きの真ん中みたいなところに現象として生じていたんじゃないだろうか、何もないわけじゃないのに何も起きない日々に慣れ親しんでみると、この中からはどんなものが生まれるだろうと待ち望んでいるところもあったけれど、そういうことにはならないのかもしれないとこの頃は思う、それでも何もないわけじゃないともわかるので、つまりそれらは現象であったのかと、だとすればまたいつか不意にそれらがあるのだろうと。

そういえば初めて小説を書いたときもそんな感じだった、あるとき不意に書き始めてあっという間に書き上げた、衝動のようなものかと思っていたが、あれもきっと現象だった、現象でしかなかったから維持には努力が必要だった、その努力を怠らずに結果を出す能力を才能というのだろうから履き違えて驕れば消えてなくなる、以前の自分であれば今のような生活はできなかったとも承知している、働くこともまた能力で、それができるようになったことも現象なのだろう、となれば、それが消えてなくなることもあるのかもしれない、意思でどうこうできることとは違う不可抗力的な。

最近観たテレビシリーズでHUMANというのがある、人間そっくりなロボットが労働力として普及する近未来の設定で、意識や感覚や感情を持つようプログラムされた試作品の数体が人間を愛したり憎んだりして物語を動かしていく、彼らにはミスがない、ミスがあれば故障と定義される、当然ながら彼らには現象もない、すべてがあらかじめ算出され想定された事象で、意思が覚醒して自由になっても生きる目的が見つけられず苦悩するロボットがいたりする、感情がないから傷つくこともない彼らに憧れて彼らのような振る舞いを真似て同化する子供たちの行為が社会問題として描かれたエピソードもあった、人間のように思考し感覚や感情をもって振る舞えるロボットを作るよりロボットのように思考や感覚を遮断して振る舞う人間性を育む方が容易いということなのだろう、意識を持ったロボットには個体差が生じ一つの結論を出すためにいちいち揉める、ロボットと人間が半分ずつの青年が主人公として活躍するが感情的だったり結果を考えずに行動したり臆病だったりのどうしようもない奴で、欠点のある主人公が好まれる傾向にあることは理解できるが、人間がロボットの緻密さや計算力や超人的な力をもつとかロボットが人間同様の意思や感情をもつくらいじゃ物語の主人公たり得ないのではないか。

人間性を天然と評する言い方があるが反語は養殖だそうだ、ならば偽装もあるわけで、どれも基準が商品価値であることが面白い、天然は生まれついてのものだし養殖もなるべくしてそうなる不可抗力で、偽装だけに意志がある。

好きなことをやるために止むを得ず働いている人たちが「音楽があってよかった」とか「演劇やっててよかった」とか言うのを聞くたび感じていた違和感は、満足の偽装を感じるからで、生活のために働いたり自己満足のために好きなことをやったりをひっくるめて日々の現象としてフラットに捉える人なら、満足を測ったりはしないのだろう。



  1. 2019/03/31(日) 11:57:42|
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花金。

今年は花冷え。

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  1. 2019/03/31(日) 09:32:37|
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心得。

新年最初の1ヶ月がもう2週間しか残ってない、最初の遠出は犬連れで亭主の実家、初詣は近所の小さな神社で済ませたが先日は離職時の年金や確定申告に備えてのあれこれで税務署と区役所を回ったのでついでに王子神社をお参り、毛髪の神様がいるらしいので孫にもふさふさ生えてくるとよい。

年明けの職場には去る人も来る人もいる、部署移動を考えると脅された結果別の数字を稼いで首の皮一枚に終わるも今度はしばらく適性を見ると言われた、適性があろうとなかろうとどこで働くか決めるのは自分自身と思うので「だからなんだ?」と宣告の意図が掴めない、会社というのはひとまず「かしこまりました」と言っておけばやり過ごせるのだと学習したが、日々の業務は他人の人生を左右するものと承知している、入社3ヶ月を過ぎても自分がいつか何か大変な過ちをしでかすのではないかという漠然とした恐怖心はねっとりへばりついている。

先月まで通っていた歯医者も正月休みを挟んだら時間が作れなくなった、年始以降わたしの体調はよいが亭主がヨレヨレになっている、孫の言うことが時折日本語に聞こえるようになりわたしが聞き取った最初の言葉は「もうこれでいいや」だったのだが、これは真実ではないと娘は言う、因みに娘の最初の言葉は「まあいいじゃん」だったので、母娘がそういう血筋なのか、わたしの耳がそういう傾向にあるのか、やはり真実がわからない。

アップリンク渋谷で上映される#見逃した映画特集2018で木村文洋の「息衝く」がかかるらしい、ガンホの「タクシー運転手」も樹木希林の「モリのいる場所」もラインナップされたアップリンクらしいプログラム、「息衝く」の寺十さんはアルミホイル被ってた役の上をいく快演で、そうでなくちゃ!と思わせられた、つまり木村文洋の役者への視線(が到達する部分)はいい線いってるんじゃないかと思う。

大河ドラマの子役にぎょっとしたので調べてみたら、やはり評判になっているらしい、相手をする手練れの俳優がぎょっとする瞬間がテレビドラマで観られるなんて奇跡のようなことだ、芝居をやっていれば数えきれないほど立ち会える類の奇跡なのだけど、それをテレビで観られたことが奇跡だったりする。

業務では「おかげさまで解決しました」と感謝されても弁護士が尻拭いして本当に解決できる問題なのかというモヤモヤが残ってしまう、「お力になれず申し訳ありません」とこちらが言って「いえ、これまでちゃんと話を聞いてもらえたことがなかったので、助かりました」だったり「はっきり言って戴けてありがたいです」だったりの、受任しない方面でのリアクションに一番ほうっとするのは、一瞬でも他人のこころを揺さぶりたいという本質的な助平さなんだろう。

見知らぬ人が手渡してくれた一本のビニール傘や、赤の他人にかけられた何気ない一言にどれほど自分が助けられて生きているかに気づくと、それがなかったときにどれほどの有様だったろうと思いぞっとする、適性があるかどうかを考えるならその恐怖心をいつまで受け止め続けられるかという部分かもしれない、結局のところ関わり足りないのだから。

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どなたさまも平穏無事な一年でありますよう。

  1. 2019/01/18(金) 12:23:35|
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暗がりマイホーム。

今年はこれまでよりそれぞれの季節を楽しんだような気がする。芝居に携わってそこまで一直線に駆け抜けることがなくなったからなのだろう、日々をてくてく過ごす感じ、それでも山谷はあり何かに背を押されるような足早さは変わらないのだけど。

孫は私たちの知らない言葉を喋るようになった、アーとかゲーとかのドイツ語期に始まり発音から何から韓国風ときにタイ風のアジア期を経て、今は朝ドラのテーマソングを鼻歌にして最後にフー!と叫ぶまんぷく期、ママとかバーバの言葉は誰も使わないので覚えておらず四つ足の生き物はすべてホタと呼ぶ、メガネをかけた私を見て泣くことも減ったが映画を観ていたら画面を指してフー!と叫んだので安藤サクラの顔は覚えたらしい。

あのDJ★野が北区民を代表して歓迎の意を表し先日は赤羽飲み、下北沢の朗読劇に参加してもらってぶりだったから懐かしい話が尽きなかった、二軒目に連れて行かれた店で偶然にも知り合いのギター弾きが出入りしていると発覚、しかも縁もゆかりもない★野さんとギター弾きが一緒にちょっとしたイベントをやるというので、その日にサプライズ来店を決めていたのだが、なんのこたあない、曲も決めてしっかりキーもとってもらって、不思議な巡り合わせをした二人のおじさんたちに演奏させて歌ってきた。

ライブハウスに入り浸っていた時期もあったけどお笑いライブに通い詰めた時期もあって、つくづく短期集中型だと振り返った、イベントのゲストでダンディさんに来てもらったあの頃、生ゲッツを目の前で堪能できたのは同時代性の財産だよねと赤羽でも語り合った、あの頃の私たちには、あちこちでかじり取ったあれやこれやを丸呑みのまま持ち帰れる場所が、確かにあった。

生後6ヶ月の娘を小道具として舞台に乗せた、思い出の明石スタジオが今年をもって閉館する、泊り込みの仕込みや単行本カバー撮影で劇場全体を使って半日ぶっ通しのエチュードをやるという無茶もやらせてくれた、コヤ入りするとまっしぐらでロビーに入りカウンターでコーヒーを淹れてもらって浅間さんに前日の感想を聞くのが至福の時だった、いつか酔狂でまたセンチメンタル・アマレット・ポジティブをやるなら絶対に明石スタジオがいいと思っていたけどやれなかった、そういや銀座小劇場もタイニーアリスもジャンジャンもキャラメルも江古田ストアハウスもシアターiwatoも円形劇場もとっくにないんだった、芝居をやりたいと思わずに過ごしている時間が長いのは、やりたいコヤが減ってしまったからかもしれない。

業務に生じるストレスから法律事務所のアウトソーシング的な起業アイディアを思いついたが、冷静になってみると守秘義務の壁がある、一晩大真面目にあれこれ考えたがボツにするしかない、寝不足でストレスを増やしつつ出勤して今年最後の勤務、事務所内の大掃除は他の部署にお任せしての通常業務で二部門ある今月の目標数字の一部門を達成、相変わらずしくじりも山々あるが、自分としてはひとまず試用期間をしめくくれる成果。

仕事は愉しいし同僚も魅力的な人たちが揃っている、会社の仕組みにはうんざりさせられることもあるが概ね面白がれる状況にあり、そこそこの成果しかあげていないがそれでもまともな月給をもらっているのだからありがたいことこの上ない、だけどやっぱりそれとこれは違う、どれだけ楽しんでも耐え忍んでも、あの場所にはなり得ない。

ずんずんと新しい場所に進んで冒険し続ける人の力を心底尊敬している、そうなりたいと望む気持ちがなくはない、それでも自分は新しい場所を切り拓くより還れる場所を探し続けているのだと思う、どっぷりとゆるゆるでだらだらで丸呑みの、どんなものでも持ち込めて昔馴染みの顔が見えてできれば月給も欲しいなどの身勝手な夢想だが。

明石スタジオでだらだらと飲み始めた早めの夕刻、成田くんがひょいと顔を出した。表でタバコを吸ってまた仕事に戻って行ったが、顔を見ると安心する。次の日は輝子がうちにきて娘とひとしきりおしゃべりして行った。もう年末年始にわさわさと人が集まってくることもなくなったし点呼を取るようなことはしていないけれど、みんなそれぞれ人生を踏ん張ってるのだからそれでよいと思っている。

クリスマスリースも正月飾りも間に合わず通常モードのまま、商店街の裏手でひっそりと暮らしている。隣の家には脳内の話し相手に盛大な怒鳴り声をあげる一人暮らしのおじさんがおり、その隣の家ではインド人が数人で共同生活をしている。お向かいのアパードのおばさんはうちの孫のお古だけど使ってくれない?とアンパンマンのオモチャを届けてくれ、斜め向かいの家のおじさんは横柄で不愉快な人物だがいつも奥さんを助手席に乗せて車を出しているから家族にだけは優しい人なのだろう。陽のあたる暮らしも暗がりの暮らしも、息づく人の正体は同じに違いない。

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どちらさまも良いお年をお迎えください。






  1. 2018/12/31(月) 02:26:20|
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秋になりました。

8月の終わり頃に愛してやまない事務所を離れ大型有給休暇に突入、永らく手をつけられずにいた虚空文庫に提供する原稿のあれこれをやって、要精密検査と警告された血液内科での精密検査とそこの医者から紹介された大学病院を受診した結果「心身症だね。仕事やめなさい」と医者、「やめました。有給消化中です」「じゃあ様子見で。新しい職場でまた症状出たら今度は心療内科ね」、ストレスに強いタイプと思っていたがストレスに鈍いタイプだったらしい。

実は自分自身でも心身症なんじゃないかとは思っていた、ただもう長いこと縁が切れていた心療内科に行くのがなんか嫌だったしチロシンのサプリでなんとかなってるつもりだったんだけどなあ、「薬出す?」と訊かれたけど貰わなかった、誕生日に買って貰った闇金ウシジマくんの全巻セットも読み終えて久々に何冊か本を読み、研修に入る直前にようやく芝居を一本だけ観た。

シルバーウィークを挟んでの研修勤務になったので、4日勤務して3日休みが2セットの9月後半、新しい職場での新しい仕事は知ったふうな安心感と新鮮さとが半分ずつ、業務内容や要求されることはこれまで以上にハードで新人らしいしくじりと新人らしからぬ図太さで立ち向かっている最中、同じ業種で似たような部署だけど相手にする背景の重さがまったく違うから必然対応も違う、以前の事務所では2チームに分かれて分担していた役割を一人で全部やるような感じの業務内容だし担当制ではないので全員に同程度の対応力がないと回せない。

ある程度の年齢から指示と管理を担って芝居をやってきた割に全体を見通すことすらおぼつかず自分の手元でいっぱいいっぱいになるのは小形くんとか成田くんがいないからなのか、自分が取りこぼしても必ず誰かがしっかり掬い上げてくれていたわけで、今は自分の取りこぼしはまず自分が掬い上げなければならず、そんな状態のまま誰かの一生を左右する決断に関わっている、要求される責任感が情に偏るあたり、取り柄とも言えるが能力の低さでもある。

業務内容の生々しさが魅力で、事務所のサイズ感は理想的、希望通りに正社員の雇用契約だし、あとは単純に事務所にとって必要な人材となれるかどうか、能力に限らず勤務態度や成績も含めて総合的な貢献度があって初めて給与に反映される、これが世の中で働く人の背負うものなのねと怖気付く、気づけば10月からは早々成績表に名前が追加されていた、日々集計される〇〇率という数字の意味もまだ理解できていないのに。

目標数というのがあって出勤日数で比率が違うのだが自分の場合は毎日2が並ばなければ達成できない勘定だった、今のとこ0と2がぽちぽちあって概ね1が書き込まれている、一日の仕事を終えると自分の感覚ではマイナスだったりもするんだが、学校に通っていた頃にも気にしなかった成績表を毎日真剣に睨むようになるんだから面白い、まあ成績表については書き込まれる数字よりExelの操作がさくさくできるようになるのが当面の課題です。

家では孫がへけへけ歩いており、フードを変更して健康になった老犬もまたよぼよぼ歩くようになった。
休みの日はオンデマンドで「まんぷく」を追いかけている。

春に治療をした歯医者が下手で、あれこれいじり回したくせに虫歯の痛みは治らず、歯性上顎洞炎になってしまったので別の歯医者と耳鼻咽喉科の通院もあり、働けど働けどといった気分だが、心療内科よりはましか。

娘が「キャベツは外の葉っぱが栄養を中に送り込む役割である」という話をしていた、そんなに大事な働きをしている外の葉っぱなのに食べるときにはべりっと捨てられちゃうんだから切ない。



虚空文庫
無料で使える戯曲のダウンロードサイトです。
四角い鉛筆アイコンをクリックすると掲載作品のページに飛べます。今後もいくつかアップされる予定です。



  1. 2018/10/11(木) 02:53:35|
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この夏。

平成最後の夏という口説き文句があるらしいが地球最後と言われても合点するほどの夏、家の朝顔は何かが狂って1日中咲いている、亭主のメダカは茹ってしまった(合掌)。

初めてのボーナスをもらって寝室にエアコン取り付け工事をやってもらった、工事とセットになっていて手頃な料金の中古もあったが、基本工事では終わらないので最終的な工事費用は割高になる、越したとき電線の引き込みからやってくれた電気屋に安い本体をこちらで買うから取り付けてくれないかと相談したら取り付け場所とその部屋の窓の外の写真を送れと司令があり画像から工事の見積もりを出してくれたが、やはりそこそこかかる、1日考えているうちに作業人員の調整をしてくれたらしく社長自ら「中古の在庫を持っていく」と大幅な値引きをしてくれ相談の3日後には工事が完了した、ボーナスは一瞬にして消えたが快適に眠れる。

バイトで入ったときは代表弁護士一人だった事務所も今は6人の弁護士がいる、フロアのサイズもこの2年で倍以上になったし、これからもっと手広く大きくしていこうという代表の気概もある、冬のボーナスは倍になるだろう、契約社員となって半年、会社っぽくなっていくあれこれに感じる違和感や自分の人生で働くことができるのは残り何年あるだろうと考えたとき、少しでも多くの給与が欲しいと素直に思った、4月ごろからぼんやりと考えていたことは日々の転職サイト巡りで萎えたり膨らんだりしていたが、異業種3社の書類選考で落とされて部署異動願も適わず、以前同僚だったK嬢の口利きで、10月からの新しい職場が決まった。

ネットで心得から調べていくと同業他社への転職の場合、退職理由は一身上の都合を通せとあるし、転職サイトでは意向を伝えるタイミングや順番など懇切丁寧に解説されていた、それらを一切無視して、まずはシフトを組んでいるチームリーダーに伝え、次に代表弁護士に伝え、近しい同僚、最後に直接の上司という順に伝えた、退職理由は「あと何年働けるかわからないのでもっと給料がいいところに移りたい」と正直に話したし転職先の事務所名も紹介者も知らせた。

退職願の日付から遡って私にしては珍しく計画的にことを進め、転職先で面談即決を貰った1週間後にはすべて完了し、残すは来月のチーム会議でのご挨拶と、インフルエンザだのなんだのですべて消化していて来年まで有給休暇はつかないところ代表が「退職金代りでせめてもの感謝」と特別に付与してくれることになった有給休暇の調整のみ、有休なしで10月から研修に入ることで了承してもらっていたが少し早めに研修に入れるだろう、社員雇用なのでこの先は週休2日の定時勤務になる。

新しい物事を覚えることには悦びがあるけれど体調や脳細胞の具合が追いつかなくなっている、同業種とはいえ新しい仕事なので不安もあるが、同僚だった頃から信頼の厚いK嬢が「しっかり教える」と言ってくれているのでしっかり教わろうと思う、ここが最後だろうと思っていたところから離れるのだから次こそ最後と思えないが、最近はまだ新しいことができる、と一つ一つありがたい。

朝顔
この夏で亭主が43歳になり、娘は今日28歳になった、私はまもなく51、孫は来月で1歳。

  1. 2018/08/15(水) 10:21:54|
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大きい河。

それぞれの予定を家族で共有するアプリのおかげで結婚記念日を素通りせずに済んだ、シフト調整がままならず仕事だったため翌日に持ち越して池袋の水族館に外出、恐竜が怖いのと同じ理由で魚や鳥の類が苦手な私にはお化け屋敷のようであったが、水族館に行こうと言い出したのは私だ。

ふと気づくと、気を患うことがさっぱりなくなった、心配ごとや不満といった日々の中でちくちくと気障りなそれらが見当たらない、日々の忙しなさでそうしたところまで気が回っていないだけだとしても、《毎日》という時間のあり方が自分にとってどれほど特殊なものだったか思い知ったようでもある。

一作品ごとに新しく人と出会って関わってその時に必要とされる自分を生み出して期間が終われば解散し、次にはどんな自分になればいいのか次が決まるまで何もない、自分が何者かわからないようなざらついた空白が恐ろしく次々と絶え間なく何か先のことを詰め込んで回遊魚のように泳ぎ続けていた、そこに日常を持ち込んでようやく気が紛れるような過ごし方を続けて日々の穏やかさは常に憧れの先だった。

折あるごとにこの安定はなんだろう、どうして今まで得られなかったのだろうと考える、小さくとも社会に関わっているからなのか、単なる経済事情か、年齢を重ねて得たものなのか、家族という在り方のおかげか、芝居やら小説やらの身を削るものから遠ざかっているからか、酒を滅多に飲まなくなったからなのか、そのどれもだろうと思うけれどあんまりにも穏やかで、走馬灯とまではいかずとも、もう今生は終わり間際なのかとすら思えてくる。

これまで色んなことが次々にあったなあと、今まで本当にめまぐるしかったなあと、そんなふうに思ったことがこれまでなかったから、ここ最近はそう思っていてなんだか終章っぽい、水をたっぷり含んだ土はみっしり重たく固まるけれど、乾いた土を手に取るとさらさら指の隙間を落ちていく、そういう感じの毎日をしみじみ実感した途端、乾いた土ににわか雨のようなことが起こる。

つまりは何事もすべて自分の日々だなと、ならばこれまでは些細なことを一大事に捉えたり大切なことをどうでもよく受け流していたりしたんだろうと、もしやこれまでも今も実はずっと同じなのかもしれないとも思う。

人は山頂に滲み出る水として山を下るように生き、やがて海に流れ込むのだと考えていた、その感覚がまた蘇った、どうりで海の生き物は太々しい。


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  1. 2018/04/28(土) 03:21:29|
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