仕事部屋

テロリズム。

「飛ばない教室 または、わたしのいないその場所」、無事に終演。

客がこない苦労を知るべきでは、という意見もご尤もではあるのだが、客がこない苦労を知るより、客を呼ぶ努力を知る方が余程いいわけで、それを知った結果なのだから上出来じゃないか。
現実問題として思うようにはいかないものだから、これは本当にありがたい。

ただ、もうずっと煩く言ってきたつもりだったのに相変わらず奴らはいちいちやらかしていて、愛情も信頼も抜きで「クソガキ」なわけだが、私も延々「クソガキ」だったから「そうなんだよなあ」と同情気味に眺めている。

コヤ入りの2日前だったか、たいちゃんが、「今までずっとこんなことやってきたんですか」と言った。
要するに「エンゲキやるのって大変なんですね」という意味での言葉だったんだと思う。
「そうだよ」と言っといた。

でも、正しくは、私は劇団をやっていくのがしんどくなって放り出しているから、「今までずっと」でも、「こんなことやってきた」でもない。
多分、本当は、やってる芝居が面白いとかつまんないとかじゃなくて、奴らが「劇団をやってる」ことが、何より凄いことのような気がする。

「飛ばない教室」の、コピー台本800円は、飛ぶように売れた。







  1. 2017/01/27(金) 05:02:16|
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コヤ入りまであと6日。

とうとう映画愛仮のスタッフまで駆り出し、





ご予約はこちら。
  1. 2017/01/13(金) 12:29:21|
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また、ゆく年。

月の半ばに早々と職場の忘年会があり、その後はWS最終週とか結婚指輪の購入とかコヤの下見とかインフルエンザの予防接種とかを挟んで30日までみっちり通常業務、仕事納めの飲み会欠席して亭主と2人で近所の居酒屋でサシ飲み、大晦日は午前中から大掃除、3日ほど早く仕事納めだった亭主が済ませてくれた部分の仕上げと更に細かい部分をやったが、帰省の時間があるので衣裳部屋の窓回りだけやり残して終了し犬息子と昼寝、夕方起きたら亭主はすでに出発していた、雑煮を作りながらmacのメンテナンス、もっと早くに済ませておくべきだったがやむを得ない。

今年はよく仂いた、3年勤めたたぬきやホテル(仮)を辞めたのが1月、2月から別のホテルで仂いたが会社の雰囲気が肌に合わす3月末に辞め、1ヶ月間で3つくらいの派遣会社で登録したが条件の合う仕事が見つからず、つなぎで始めた寿司屋のホール係が案外と愉しく、4月半ばからコールセンターの研修に潜り込むも100時間でリタイア、深夜労働を諦めて生活スタイルを変える覚悟で今の職場に入ったのが8月、ここは相性が良かったらしく年末の事務長面談でも「余裕綽々の仕事ぶり」とからかわれて、残業手当・深夜手当・社会保険・雇用保険・厚生年金の安心感をしばらく続けられそう。

週5〜6日勤務で休日にも何かしらの用事があるから映画館や劇場に足を運ぶ時間が激減したのは勿論、読書する時間すら作れない、春から勉強するつもりでいたことにも着手できず先延ばしになっている、家の中のことは亭主の協力あってぎりぎりこなしているので人間らしい生活は保てていて、遊びたいとか飲みに行きたいとかの煩悩がない分やっていけてるのかもしれないが、時間だけは自分でやりくりするしかない、約しく穏やかに淡々と暮らすにはまだまだ事件が多すぎる気がする、犬息子が無事に年を越せてしみじみ良かった、自分の体調は春に入院一回、夏以降は二回救急車に乗った割に健康診断は「良好、血尿以外」の結果で、昨年から変わりなし。

当たり前のことが当たり前にできる人でありたいし、約しく穏やかな暮らしがしたい。
いつも気にかけてくださりありがとう。
晴れやかな新年をお迎えください。



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  1. 2016/12/31(土) 20:40:02|
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野生と共生。

六本木高校の演劇部とそのOBが旗揚げした劇団「冗談だからね。」主宰のWSを預かってすでに土曜コース・日曜コースとも2回ずつを経た、時折はかつてうちのWSにきていた中年男子やACCの小説講座を受講していた青年男子も混じっているが、15歳とか16歳とか19歳とか20歳とかの参加者がいることが既に面白い。

はじめモジモジなかキャッキャは通常のWSと同じだがWS後の質問攻めはこれまでの参加者にない貪欲さ、もののついでに公演を打つことになったので参加者の数人を誘ったが、稽古期間が著しく短いのでちょっと長めの時間帯で稽古場を取るよう指示したところ、「学校あるからいかれない」脱落者もあって、ああそうか奴ら高校生だったっけと思い当たり、今更ながらに本当に芝居が出来上がるんだろうかと不安になったりもする。

客演に鵺的「昆虫系(改訂版)」ぶりの大柿友哉氏を誘い込み、チラシのイラストは犬親族の漫画家・山口綾子氏にお願いした、どちらにもカクカクシカジカな企画なのでそれでもお愉しみ戴けるならという注釈つき、そもそもこうした企画を面白がってくれる人たちは限られていて、誰かれ構わず誘い出すわけにもいかないので、生真面目で義理堅く好奇心旺盛である友人が都度駆り出されることになるのだが、今回のお二人は狙い撃ちだ。

この企画をやることになって来月のバイトは2週間の休みを申請、年末年始は新婚らしく亭主の実家に行くはずだったがこれも亭主の単身帰省に変更、晦日までバイトして年始の休みで台本作業をしなければ稽古に入れない、WS都合で休みを増やしているのもあるのでそれまでは黙々働かねばならないが、果たして体力が保つだろうか。

会場下見もまだしていないが恐らく50人も入れば暑苦しくなるだろう、3月に「憧れの王子小劇場」進出を控えた奴らの堂々たる暗黒史を飾る所存、さてお立ち会い。


劇団 冗談だからね。✕ 前川麻子 
「飛ばない教室 または、わたしのいないその場所」
2017年1月20日(金)〜22日(日) @東中野RAFT


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  1. 2016/12/13(火) 19:40:10|
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泥縄の藪蛇。

出勤リズムは3勤務1休で土日も平日も勤務時間が変わるだけで定休なし、慣れてしまうとひと月過ぎるのが断然に早い、早寝は今ひとつ身体に合わないが早起きはできるようになった、犬は小康で人間はそうもいかず、先日も深夜に救急車で運ばれて点滴打って帰宅、その都度亭主に負担がかかるので倒れないように気をつけてはいるのだが、どうやら倒れないと休む頃合いがわからない。

余力などあるはずがないのだが、面白い話が持ち込まれたので引き受けた、高校演劇のハミダシモノを劇団ごと引き受けてのWSは定員制で一般の募集もしている、主宰の2人とは幾度かの交流もあるが、彼ら以外の劇団員は客席から眺めただけ、WSをやるのも2年ぶりだか3年ぶりだか、そもそもの言語から隔たるに違いなく、教わること山の如しなので、これまでのようにはいかないだろう。

日々はうかうか過ぎて、あのひとどうしているかしらと思い出す顔はあっても誘い出す暇がない、何かしら企むときにだけあちこちに連絡をするのがいつもだから、それでも乗っかってくれる仲間が何より有り難い。

転居から9ヶ月を経てようやく45年開けたことがないという共有部のピットが取り壊され我が家の光回線が開通、ざくざく情報が手に入る環境になったらその時間すら足りていないんだから、いっそインターネットなんかいらないんじゃないかとも思うが、ネット環境がなければ今のわたしの行動力は100分の1くらいだろうし、とうにあちこちのつながりも途絶えてしまっていたに違いない。

リアルで顔を合わせれば愉快ばかりではない、辛く重苦しいものを背負えば脆弱な自分を護るために何かしらを切り捨てることになる、故に薄皮一枚のネット世界で安全に生き延びる。

そう捉えていた世代にも危険がひたひた押し寄せて、液晶に浮き出る文字にすら傷ついて人そのものが怖くなる、そういう人たちが、わざわざ傷つきに出向く場所が、今ほかにあるのだろうか。

ウォンバットとかアナグマとか、触れたことのない未知の動物を預かるような感覚でおっかなびっくりの、お愉しみ。

冗談だからね。主催「キャパ100席前後の小劇場に耐えうる俳優になるためのワークショップ」
  1. 2016/10/28(金) 02:05:55|
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秋に足踏み。

亭主が日に日に料理上手になっていく、新しい本名にも馴れてこの頃職場ではトミコさんと呼ばれる、犬息子はその後小康を保っているが獣医との相談で投薬を止めたばかりでまだ安心できない、当の犬息子は何事もなかった顔。

2時間残業が当たり前になり、弁護士に付き添って顧客との面談もした、今のところ大きなポカはやらかしてないが日々のささやかな反省が多く、帰宅後もすぐに解放されないのはドア・ツー・ドア5分の距離のせいだろう。

よほどのことがなければあと2年くらいは勤められると思っているが、その先となるとどうだろう、このトシで次の職場がすぐ見つかるとは限らない、目指すのはやはり食堂のおばちゃんか。

半年前までは春になったら始めるつもりのことがあったのに、未だ何もできていない、やりたいことできることすべきことの分別に迷うのはいくつになっても同じだなあ、それが平常とは思うようにはなったけど。

映画「愛のゆくえ(仮)」のカズPが息子のバンドのMVを撮った、いつぞやには終わらぬ夏もあったはずだがもはや眩しくはない、待ち構えるのは厳しい冬と承知してほんのちょっと涼んでる感じ。






  1. 2016/09/05(月) 12:48:17|
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日常かくあるべし。

過日、犬息子が突然のけいれん発作、四肢を強張らせてがくがくと震え続け脱糞と、かつて飼っていた犬孫娘のみどりちゃんの最期と同様の症状だったのでとうとうその日が来たのかとうろたえるも、しばらくして容体は落ち着いた。

癲癇持ちの家系ではあるが帆太郎の発作は初めてだったのでその日のうちに動物病院を受診、CTやエコー、血液検査などしたが特に原因となるようなものは見つからずむしろ老体としては健康であるとの所見、但し癲癇発作には脳腫瘍の疑いもあるのでMRI検査を薦められた。

費用に躊躇して即答できずその日は帰宅、家族会議するも決断できず、経済事情で選択肢がないという一番憂鬱な状況に陥ったが、それを知った友人が援助を申し出てくれたおかげでMRI検査を申し込めることになり、検査は全身麻酔が必要というのも躊躇の要因だったのでその日のうちにレントゲン検査で内臓の状態を確認。

老体なのでリスクがないとは言えないが悪影響を受ける病体はないとの診断、週末のMRI検査を予約、予定を一つキャンセルしたが誕生日に合わせてとっていた連休が役立った。

ようやく穏やかな日常を手に入れたつもりでいたのにやはりそうはいかず、50代目前の歳も山谷激しい通常運転となる予感、それでも犬息子との二人暮らしでいた時期を振り返れば心強い、こちらは盆休みにも通常出勤、終業22時で残業必須の仕事なので留守にするのは心許ない、落ち着いているように見えてうろたえているのは私も亭主も同じだが、今は動ける身体と時間が二人分ある。

帆太郎は14歳、これまでに前肢骨折の手術と全抜歯の外科手術を経験した、今度の全身麻酔も乗りきれるに違いない、脳腫瘍であれ癲癇であれこれからは薬が欠かせない生活になる、まあお互いに人生折り返したってところか、騒動のうちに娘も誕生日を迎えた。
  1. 2016/08/18(木) 12:02:42|
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葉月に。

7月末日、亡き母の誕生日が寿司屋最後の出勤、上がる時間になって板サンたちに挨拶していると店内の昭和歌謡有線にグッバイマイラブ、ひっそり劇的な気持ちになって退職、夜勤とWワークを卒業して翌日からは9時間拘束で週5日と人生初のフルタイム勤務。

研修中に自分のデスクが与えられていたので仕事内容は大きく変わらないが、残業必須の職場でこそこそ定時に上がるよりゆったり働けるような気がする、コールセンターをくびになった時にはもう新しい仕事など覚えられないのではないかと恐怖したが得手不得手というのがあるものなのだ。

会社組織にはまりこむのは苦手でも個人に取り入るのは得意、飄々と朗らかな弁護士先生はじめスタッフは殆ど歳下だが、受任につなぐ手前の事情聴取専門の相談員だから営業意識もなく、へらへらと得手に専念して受任率アップの好評価。

それにしても世の中には色々な事情がある、ホテル勤務もドラマの宝庫だったが法律事務所で拾うドラマはシリアス過ぎてネタにするのは難しい、相談者に特定の県民が特徴的に多いのはいずれ何かを書くときに参考にするかもしれないが。

朝は亭主が先に出かける、後から起きて洗濯物を干して朝食を済ませて出勤、夕方遅めに1時間の休憩で帰宅して洗濯物を取り込み軽く食事をして職場に戻り、その日の仕事が片付くまで残業して帰宅、亭主が先に帰宅していれば夕飯が用意されているしこちらが早ければ亭主の帰宅に合わせて夕飯を作る。

亭主の仕事は時間が不規則だがなんとなくお互いに合わせられるのは生活のリズムが似ているからか、独りになる時間がほどほどにあり、役割分担が適当なのも暮らし易い、わたしの目下の目標は怪我や病気をすることなく真面目に仂いて亭主に頼らぬ経済力をつけることだが、多分これ以上は働けない。

今日、亭主が41歳になった、まだまだ健康でいてもらわねばならない。

  1. 2016/08/02(火) 23:53:44|
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いどころを知る。

求人情報のサイトを眺めるのが趣味になりつつあったが無事に新しい職を得てOTJ研修が始まっている、自転車5分徒歩10分と以前より更に近くなって今は正午からの6時間勤務が週5日、法律事務所の相談員と呼ばれる事務職なのでこれまた新しい知識で頭がパツパツ、夫姓を名乗っている初めての職場なので挨拶で名乗るのにワンテンポ遅れる。

寿司屋は今月一杯で退職を決めているので次は深夜〜朝枠の飲食店バイト探し、16の時に働かせてもらった近所の喫茶店が1時間あたりの多忙経験では人生最大と思っていたが寿司屋はそれ以上だった、この年齢になっての飲食店バイトは体育会系の肉体訓練に近い、反射神経と瞬発力と判断力と筋力が鍛えられる気がする。

職探しの合間にはたぬきやホテルの近況を窺ったりもした、支配人と先輩の一人が退職し副支配人筆頭にわたしの退職時に残っていたメンバーで回しているというので復職も相談したが結局は人員補充が適って復帰ならず、勢いで客室数400超えのホテルへ面接に行って不採用、面接でまず訊かれたのが体力に自信があるかという点だったが、あるもんか。

バイトは大人の学校だからまずは辞めずにやっていきたい、いい加減倒れるまで仂いて倒れてやっと休むという働き方もやめないと。

先日は渋々に内視鏡検査、「ポリープあったらその場で切っちゃいます」と医者も最初は快活だったが、いざ内視鏡の挿入はあまりの痛さで中断、「まあ痛いの我慢してまでやるもんでもないですからいいですよ」と言うから助かったと思いきや「もう一種の検査で陽性が出たら内視鏡やってもらいます」との警告、痛みがあるとかないとかはもはや関係ない。

去年の夏からサボっていた喘息の投薬治療も再開、一時期は権威ある専門医のところに通ったが今はその手間暇が惜しく近所の耳鼻咽喉科にお薬手帳を引き継いでもらっている、曰く「この薬って...効いてます?」、一昔前には処方箋筆頭だったらしいその薬も昨今「流行遅れ」で殆ど処方されなくなっているんだそう、権威ある専門医は時代を見ない。

内側から覗いてみてははあと思った、弁護士は医者に似てほっとくだけじゃ治らないあれこれに効く。

必然芝居や映画のことはもはや外側に回っている、小説を書き始めた時期にすんなり分離したのと同じであの時も今も離れたからといってやりたくなったり観たくなったりもしない、といってそれらが切り捨てられるかというと決してそうではないだろうけど、人でしかそことつながっていない今の方がバランスよくいられる気がする。

などと言うわりに不義理を重ねているのはなんとも申し訳がないのだが、これまでも次がある時に勉強として間をつなぐように義理を果たしてきた、つまるところ自分がどう関わるかって視点でしか興味が持てないんだろう、人への興味は相手が何をしていても同じなんだから。

芝居の世界は故郷のようなものと以前にも思ったが、わたしの場合は「遠くにありてそれっきり」になる、そこで生まれ育ったというだけで択ぶことをしなかったせいか、自分が関わっていないときにその価値を問われても答えになるほどのものがそもそもない、もちろん失う恐怖もない。

居場所がなくなってしまいそうだからやり続けるという感覚は正しいと思う、だがそれは居場所なのか、外枠を固めることで真ん中の自分自身をようやく見つけるってことだろうけど、そんなものあってもなくてもただそこにいるってだけじゃダメなのか、と外側から見るほどに不可解だが内側にいればナンダこのヤローとか思うんだろう。

芝居やれなくなったら死んでしまうと純情一途なキチガイだった頃、「芝居なんていやになったらやめていいから生きていてください」と言ってくれた観客がいて、生きることを択んだら芝居をやめずに済んだ、というよりも必死に生きてきたらやっぱり芝居をやっていた、今も必死に生きているからきっとまたいつか何かやるに違いない。

ヤポンチカというバンドで何度か立たせてもらったライブハウスが店をたたんだ、お別れイベントにも顔を出さなかったけどそこにいたひとたちが消えてなくなるわけじゃないから「またいつか、お元気で」と思う、今は歌っている昔の芝居仲間が誘ってくれたのでちょっとその気になってヒロシに声をかけたが断られたから、まだ私は歌えない。

わたし自身は何もしていないしどこにもいってないのに、遠くなったり近くなったりする。
彼らもまた何もしていないしどこにもいっていないのに、遠くなったり近くなったりする。
空間が現れたり消えたりするだけで、時間が流れているだけで、生きていようが死んでいようがひとはずっとそこにいるじゃないかと思う。

消息も知らなかった兄と会った、わたしが十五で兄が十七のときが最後で会うのは二度目だった、顔も覚えていなかったけどひと目見てすぐにわかった、父と同じ顔をしていた、わたしたちは父の人生を少しずつ分け合っていたのでわたしの知っている父と兄の知っている父はお互い知らない父だねと笑い合った、わたしたちはもう父の年齢をとうに超えた。

わたしのいないところに兄がいて、兄のいないところにわたしがいた、わたしと結婚するとき養育するわけでもないのにお父さんになれるかなとそわそわしていた亭主には妹と弟がいる、その亭主が今度は会ってもいないのに「お兄さんか」と憧れるように呟くので可笑しかった、このひとはちゃんとここにいられるひとだと思えて安心した。



  1. 2016/07/14(木) 11:25:28|
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脱落記。

4月の半ばから新しい仕事の研修を受けていたのだけど先日の卒業試験にパスできず研修時間をオーバーしたので退職、時給と知識を戴いて会社の利益になれない研修詐欺のようなそれが申し訳ない、つくづくマニュアルのある仕事がこなせない性質と思い知って、今度はそこを強化すべく製造工場とかを狙う所存。

この歳になっても何がしたいのか何になりたいのかとしばしば考える、未だ何とは答えられないが目先の考えとしては日々新しくありたい、昨日より良い今日を、今日より良い明日を迎えたい、「良い」の基準は身勝手なものだけど、そうやってひとまずの一歩を奮い立たせるだけで力尽きている。

ちゃんとノウハウを教わってやってみたい職業があるのに新しいことを身につけるための吸収力とか記憶力は日々刻々と衰えていく、昼は日常の諸々をやりたいからバイトは夜勤が良いと思っていたのにこの頃は夜勤明けで家のことをやる体力がない、そういや来月は手術前提の検査があるからまた寝込むかもしれない。

見知らぬ土地で世捨て人になってトレーラーハウスで暮らしたいとか、都心の片隅でしみったれた食堂をやりたいとか。

しかし働くことそのものは愉しくて、自己満足紙一重な演劇やら小説やらの不確かさより人員として明確に必要とされていることが報酬によって証明される労働は精神的な支えになっている、やりたいことのために働く人はやりたいことができなくなったら働けなくなってしまうのかもしれない、私のように働くことそのものが目的の人は働けなくなったらどうするんだろう。

夜勤明けで朝食のパンを買って帰るときにダンボールを拾っているホームレスとすれ違って、「このパンいりませんか」と声をかけそうになった。

パンは私にも必要なのに。


  1. 2016/06/22(水) 08:49:38|
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