仕事部屋

良かれ悪しかれ。

職場では先日より大改革が行われ相当な人数とのお別れ及びお別れに伴う宴席が続いていた、これまでふわっと関わってきたことにしっかりと関わり直す必要があり、ようやく経った1年はまだ半年くらいの感覚だが先に直接交渉した以上の報酬アップを約束されたのでしばらく新しい仕事を探す必要はなさそう。

できなかったことがいつの間にかできるようになるとか、苦手意識が少しずつ薄らぐとか、取り組んだことのない作業に意外な能力が見込まれるとか、こなせるつもりで出しゃばって足をすくわれるとか、日々のしくじりは無条件に愉しい、自分にできる限界を常に突きつけられてそれ以上の結果を出す重圧だけでしてきた生来の仕事とは違い、反省してやり直す隙間がある。

なるほどこれが世の中なのか人はこうして生きているのかと今更に気づき営むことの重要性を知った、生きるか死ぬかみたいな削り方をすることが仕事だと思っていたから、削れるものが無くなったら何もできないように思っていたけれど、時間と体力と本来の誠意さえあれば、そこにいることだけで既に仕事なのだと思う。

とはいえ大きな反省もあって、これまで「笑顔が可愛い」「声が大きい」と同じように形容詞として使っていた「頭がおかしい」などの言葉を使うと娘と同世代の同僚が顔を顰める、「じじい」などと言えば「言葉が汚い」と笑いながら指摘され「まったくだ」と思った、世の中の人たちは他人から癖や欠点を指摘される習慣がなく、それをする役割もないから、同じ感覚で容易く口にすると「ディスってる」と不穏な空気になる。

口が悪いのはこれまでも同じなので、向けられる方のダメージの大きさが違うのだな。
それとも、ダメージは同じで重要性が違うのか。
なんにしろ、世の中にダメ出しは不要とよくよく留意せねば、トシもトシだしただの「口の悪いおばさん」だもんなあ。




  1. 2017/10/25(水) 11:26:39|
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